マッキンリー(北米最高峰)

 

Denali and Mt McKinley

デナリはアメリカのアラスカにある6190m
の北米最高峰の山。比高差は5500mで、山
のふもとから頂上までの高さは世界一高い
山である。(エベレストは3700m)ゆえに、
標高以上に気圧が低いため高山病の可能性が
比較的高まる山である。

デナリは昨年、先住民語に敬意を示す形でマ
ッキンリーから正式名称が変更された。あ
の、植村直己さんが最後に登った山で有名な
マッキンリーである。

植村直巳さんが最後に登った時は世界初の単
独厳冬期のデナリ。(世界初の単独登頂を達
成した後に、下山中に消息不明となった)僕
が今回登ったのは夏期のハイシーズンなので、
同じデナリでも難易度も危険度も比べ物にな
らない。改めて、植村さんの偉大さに敬服し
た。それでも頂上からの景色は同じなので、
植村さんはじめ、多くの偉大な先輩方が見て
きた景色を楽しみに登った。

(デナリの特徴)

①高緯度(高山病)
デナリは比高が高いがゆえに、実際はヒマラ
ヤの7000mの感覚になるので、高山病にかか
りやすい。

②荷揚げ(体力)
シェルパがいないため荷揚げを全て自分でし
なければいけない。常に20〜40kgの荷物を
背負
って登るので、体力を奪われ、高山病
危険が増す上に、集中力の散漫を招く。

③天候
天候の変化が激しく。極寒で夏でも-20℃。
しかし、日中で晴天で日差しが強い時は暑
さも感じる。気温差も激しい。

④白夜
デナリは白夜なので日が沈まない。

デナリまでの準備)

①一直線歩行
歩くときは、目の前に白線があると思って歩
き、歩いた後の足跡が一直線になることを常
に心がけた。

簡単そうに見えて、これを24時間×5ヶ月間
続けるのはなかなか難しい。お風呂に入る時
も歯を磨く時も夜中目が覚めてお手洗いに行
くときも常に白線の上を歩くことを意識し
た。

期待できる効果は以上の二点、①内転筋が鍛
えられる、②まっすぐ歩くことを無意識化す
る。(実戦でこの歩き方をすることはほぼな
いが、内転筋と感覚値を常に磨いた)

②体調作り

筋肉量を落として脂肪をつけたかったので、
筋トレをやめて3キロほど体重を増やした。

また、足への負担を少なくするために走るの
を一切やめ、代わりに水泳で心肺機能のトレ
ーニングをした。

水泳をやりすぎても、やらなすぎても駄目な
ので、その日の体調をみながら、月間約4万メ
ートル程度になるぐらいに抑えて泳いだ。

③武士道

直接登山に繋がるかわからないが、この緊迫
した機会を生かして、斬るか斬られるかとい
う世
界に身を投じていた武士がどのような思
考と
心構えでいたのかを少し勉強してみた。

山岡鉄舟はじめ、新渡戸稲造の「武士道」を
読んだ後にバカボンドを読むとほんの少しだ
が理解できた。(新渡戸さんの知見の広さ、
深さに圧倒されたのが一番の衝撃だったが、
、、)

さらに、居合切りの「北辰一刀流」に入門し
ようとしたが、のめり込みすぎると本末転倒
なので控えた。

そして、出発前に「西芳寺」で拝観して

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「永平寺」に参籠してから出発した

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6/3,4 (日本→アラスカ)

成田からバンクーバー経由でアラスカのア
ンカレッジに到着。(約14時間)

6/5 (アンカレッジ)
アンカレッジに滞在。

6/6 (アンカレッジ)
パーティーのメンバーと合流。今回はガイ
ド3人+一般参加者7人のイギリス人チー
ムに迎え入れてもらった。

道具チェックをしてからアンカレッジでも
う一泊。(時差ボケで寝れない)

6/7 (アンカレッジ→タルキートナ)
アンカレッジから車で約3時間のタルキー
トナへ大雨の中移動。時差ボケで昨晩寝れ
なかった僕は車の中で爆睡。

IMG_0653

タルキートナに到着すると、入山においての
説明会を聞き、天候次第で小型飛行機に乗っ
てデナリへ出発する予定だったが、終始天候
が悪く、この日はタルーキトナに宿泊するこ
とに。

6/8 (タルキートナ→デナリ)
天候も良くなり、いよいよ小型飛行機に乗っ
てデナリへ出発。(約35分程の飛行機の旅)

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このような小型飛行機に乗る機会は、今回が
初で最後になるだろうというワクワク感と
景の景色を眺めながら乗っていると、居心
が良いせいか、次第に睡魔に襲われ寝てし
った、、、

目が覚めるとデナリのKahiltna base camp
(標高2200m)に到着していた。

IMG_0668

雪山景色に心躍らせながらテントを作って、
翌朝のcamp1への移動に備えて就寝。

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6/9 (Kahiltna base camp→camp1)
バッグとソリに乗せた30〜40kgの道具食料
を背負って荷揚げ開始。約7時間の9キロの
のりをクレパスに注意しながら歩く。

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途中、「ゴォーーーーー」という地鳴りと共
に雪崩が発生するが、歩くコースは雪崩の心
配がないところなので問題無し。(と言うも
のの、雪崩に慣れてないので音に敏感に)

登り坂はかなり緩く、ひたすらゆっくり歩く
だけなのだが、約40キロ近い道具を背負って
歩くので地味にしんどかった。

約7時間ほど進んでようやくcamp1へ到着。

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とにかく食事の時間が至福のひと時。
僕はテントの中なら、無限に食べれるので、
ついたあだ名は「イーティングマシーン」。
(笑)

6/10 (camp2へ食料をキャッシュ)

デナリ登山の最大の特徴が全日程分(約3週
間分)の食料と道具を自分達で運びながら登
ること。(シェルパがいないため)そのた
め、次のベースキャンプに登る時は二回に分
けて登る。(一回目は食料を運んで、二回目
に道具を運ぶといった具合に)

camp2の手前の場所に道具をキャッシュして
からcamp1へ戻った。途中から吹雪となり、
デナリの天候の厳しさの洗礼を浴びる。

6/11 (Rest day)

予定では、昼前からcamp2へ出発する予
定だったが、早くも高山病で体調を崩した
人が出たので、様子見のため休憩日となっ
た。

6/12 (camp1→camp2)
         (2400m→3350m)

昨日体調を崩した人の容態が変わらず、早々
に下山することに。まだ始まったばかりだが
緊張感が走る。

お昼前にcamp2へ出発する。

一昨日は吹雪で何も見えなかった道を快晴の
中登るが、途中からまたも吹雪に。

camp2へ到着すると、即テント作りに取り掛
かる。吹雪からテントを守るため、雪で防波堤
を作る。この日は吹雪の中の移動とテント作り
に疲れてすぐ寝る。

6/13 (back carry)

一昨日に運んだ200m下に埋めてある食料を取り
にいく。(1時間半程度なので実質休憩日)

昨日と打って変わって快晴。

6/14 (camp3へキャッシュ)

camp3へ食料をキャッシュしに出発。

ここから、スノーシューからクランポンへ
履き替える。

ここから、登り坂も急になる。

この日は常に快晴で眺めが綺麗。

しかし、快晴すぎて逆に暑い、、、
(デナリは天候の変化が激しく、日中で快晴
のと期は日差しが強く半袖一枚でも大丈夫な
ぐらい暑くなることも、それから-40℃にな
ることもあるので天候の振り幅が激しい。)

標高も4000mを超えたので、デナリへ
来て初めて高山病の症状が少し出る。
(少し出るのは良いことなので安心する)

食料をキャッシュしてcamp2へ戻る。

戻りはあっという間。

6/15 (camp2→camp3)
     (3350m→4300m)

camp2からcamp3へ移動

この日もソリを引いて登るのだが、ウィンデ
ィ・コーナーという円錐の斜辺を登行する箇
所があり、そりがトレールからはずれて自分
の右下を滑る形になる。その下方にはクレパ
スが大きな口をあけてまっている。

ウィンディ・コーナーを難なく通過すると、
あとは淡々と1時間ちょっと登るだけなのだ
が、快晴すぎて日差しが強く暑いのとソリが
地味に重いのが重なり、体力を結構消耗させ
られた。

そして、汗だくでcamp3へ到着。

汗だくで一休みしたいところだが、すぐにテ
ントを作ってから一休み。

6/16 (Back carry)

一昨日に埋めた場所に、食料を取りにいく。

6/17 (連携の確認)

ここからがデナリの本番で、常にハーネスに
スリングを結んだ(命綱)三人一組のチーム
で移動していくので、連携の確認をする。

6/18 (食料をキャッシュ)

camp3からHighcamp手前の場所へ食料をキ
ャッシュしに、ここから登り坂が急になり難
しくなる。

斜面45℃の雪壁を登る一番の難所、Fix lin
eを登る。命綱の連携が鍵で、登りもリズム
に乗れればそう難しくはないので力を抜いて
登ることができた。

6/19 (天候不良のためRedt day)

本来はこの日に、Hith campへ移動する予
定だったが、天候不良の為休憩日に。体力
を回復させる。

今回も小説を読む。
ストレスがかかるように(続氷点、人間失
格、三四郎を読む)

6/19 (天候不良のためRest day)

二日続けて天候不良のため、Hith campへ
移動できず、休憩日に。正直、ここで天候
不良で動けないのは痛い。なるべく、High
campの時に日程の余裕を持ちたいので。

毎日20時に翌日の最新天気予報の情報が入
るので、ガイドと確認をするのだが、明日
の天気も微妙で朝にならないとわからない
とのこと。不安をもったまま眠る。

6/20 (camp3→High camp)
     (4300m→5245m)

朝の6時にテントから出て天気を確認する。

しかし、天気は曇り、、、、

朝食を食べてから待機状態へ

すると、1時間ぐらいしたら天気は晴れだ
し、移動のゴーサインがでる。

お昼前に、High campへ移動。

High campまでの残り1時間の道のりは絶
景だった。

20時前に到着したのだが、High campは
かなり寒かった。

6/21 (Rest day)

休憩日。明日のアタックに備える。

20時に最新の天気予報を確認。

しかし、明日は強風でアタックできないと
のこと、、、、、、、、、、、、、、、、

これで、自分たちに残された時間は明後日
のみ。

明後日の天気を祈るしかない。

6/22 (天候不良のためRest day)

天候は晴れだが、風が強い。

デナリの頂上もくっきり見えるが、風が強
い。

テントが吹っ飛びそうな強風の中、丸一日
テントの中で過ごす。

そして、20時に最新の天気情報を確認する。

皆で、息を飲みながら聞く

皆の顔は微妙な表情、、、

「ダメなのか、、、、?」

すると、OKサインの合図が!

本当にホッとして、ジーーンとしてしまった。

6/23 (summit day)

11時にアタック開始。

この日がダメだったら下山だったので、
登りに行けるだけで感無量!

昨日までと違い、風がなく、天候は晴れ。

他の部隊も、この日しかないとみてぞくぞく
とアタックを開始する。ざっとみて30人ぐ
らいが先に登り始めている。

3時間ほど黙々と登る。

最終アタックには「デナリ・パス」という
最難関のポイントがあるので、そろそろデ
ナリ・パスがやってくるのではないかと思
って、ガイドに聞いてみると。

ガイド「もうデナリ・パスは終わったよ」
西  「えっ!?」

あまりに黙々と集中して登りすぎて、デナ
リ・パスを登っていることに気づかずにす
でに登っていたのである、、

まぁ、終わったならいいや、登り始める。

そして、さらに1時間ほど登ったところか
ら、(頂上まで残り半分ぐらい)天候が崩
れ出し、視界はホワイトアウトとなり、吹
雪になった。

いつ、天候が悪化してアタック断念となるか
わからない緊張感のまま黙々と登る。

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   (一寸先はずっとこの景色)

頂上手前まで、常にこのホワイトアウト化し
た視界の中登った。

目の前しか見えない中、黙々と登る。

残り、3時間

2時間

1時間

と、黙々と登る。

そして、残り30分ぐらいの場所にたどり
着くと、ほんの微かだが空に光が差して
きた。

それでも、視界はホワイトアウトなので
景色は全くみえない。

どうか、頂上までに少しでも天候が良く
なってくれればと願い登る。

残り、5分の場所にたどり着いた

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微かだが、さらに光がみえてきた。
もう登り坂はない。

少しでも天気が良くなってほしい。
頂上から景色がみたい。

最後の一本道を少しづつ進み。

頂上へとたどり着いた。

できれば、空が晴れるまで頂上がやってこな
いでほしかった。

まだ登り続けたかった。

それでも、アコンカグアからずっと天候不良
にやられ続けて、今回も最後の最後まで悪天
候に見舞われた中、デナリの頂上に到着でき
たことに、「ホッ」とした。

半年間の緊張感からほんの少しだが解放され
た思いだった。

しかし、まだまだほんの少しだ。

今から下山があるから。

頂上にたどり着いた時刻は予定よりも3時間
近く遅い19時だった。

一番スピードの遅い仲間に合わせてゆっく
り、登ってきたのだが、他のメンバーのうち
3人がもう頂上にたどり着くのに体力を使
果たして、限界に達していた。

果たして、この疲弊した仲間が今から下山し
てテントまで戻ることができるのだろうか?

頂上で不安がよぎる。

22時を過ぎると天候が悪化する。

そして、8時間かけて登った道を8時間かけて
降る戦いが始まった。

本当の戦いは頂上に辿りついてからだった。

下山を開始すると同時に風が強くなり、一気
に吹雪となった。

僕はこの時に最大の失敗を犯してしまう。

登頂写真を撮る時に顔がみえるようにゴーグ
ルを外して首にかけていたのだが、写真を撮
り終えたらすぐに装着すればいいものの、登
頂して浮かれていたのもあるのか、一時ゴー
グルを首にかけたまま下山をしていた。その
状態で一気に猛吹雪を見舞ったので、ゴーグ
ルをかけようとした時にはもうゴーグルは使
い物にならないものになっていた。

それまで、登ることに関してはほぼ完璧に登
ってきたので、思わぬ失敗に落胆しながら
も、しかたなく猛吹雪の中サングラスで下山
した。(途中からサングラスが凍るので使え
なくなったが)

疲弊した仲間は体力を使い果たしたこともあ
り、集中力が散漫しており、それに追い打ち
をかけるかのように吹雪が足元と視界を悪く
する。

疲弊した仲間は、すぐに滑り落ちてしまう。

滑り落ちても命綱があるので大丈夫なのだ
が、それがわかっていても緊張感が走る。

時刻も0時を過ぎ、さらに天候は悪化する。

もう皆、火事場の馬鹿力の精神力で下山を
する。

最後の最後まで正しい道を探りながらテン
を探した。

そして、下山から8時間後の3時にテントへ
と辿りついた。スタートから16時間であ
る。

運よく、皆無事だったことにホッとした。

6/24 (High camp→camp3)

13時に起きてcamp3へ下山。

昨日の悪天候の中の深夜の下山と登頂できた
ことにホッとしたこともあってか、少し体は
だるいがあと2日降るだけなので頑張る。

IMG_0813

4時間ぐらいで下山する。

6/25 (camp3→Kahiltna base camp)

20時まで休んで下山を開始。夜通しで下山
して朝に飛行機でタルキートナに到着する
予定。(デナリは白夜なので)
IMG_0822

これが最後の下山、頑張ろう!

6/26 (Kahiltna base camp→タルキートナ)

夜通しでbase camp3から11時間下山してKa
kahiltna base campへ。

行き道よりも帰り道のほうがきつく感じた。

もうこれが最後だと考えてしまうと逆にきつく
なる。だけど、もうこれが最後だと考えてしま
う。

そして、Kahiltna base campへ到着!!
もう歩かなくていいぞ!!!

ガイドがアラスカビールをみんなに配ってく
れてカンパーーーーーイ!!!

IMG_0827

「おつかれーーー!」

あとは、飛行機でタルキートナに帰って、シャワ
ーを浴びて、フカフカの布団で眠るだけ!

ガイドに「そして、飛行機は何分後にくるの?」
と聞く。

ガイド  「たぶん、3〜4時間後かな」
西    「えっ!?3〜4時間後!?」
西    「30〜40分後の間違えでしょ!?」
ガイド  「いや、3〜4時間後だよ!」

僕はKahiltna base campに着いたら飛行
機がすぐにやってくると思っていた。

デナリは最後の最後まで甘くない。

よし!寝袋で寝て待とう!

DSC00384

テントは張らずに寝袋の中で寝て待つことに。
すぐに、爆睡。目が覚めた時には飛行機が待
ってるはず。

3時間後

目が覚める

飛行機がない

また眠る

さらに、3時間後

目が覚める

飛行機がない、あれっ??

飛行機はまだこないらしい、、、

しかたなく、また寝る

さらにさらに、3時間後目に覚める

飛行機がない、、、、、、、、

こちらは快晴だが、タルキートナ方面の天候が悪く
飛行機が飛べないらしい。(涙)

この日の午後に帰国する予定の人が多かったので
皆、キャンセルの電話をする。

時刻は16時。
20時までは飛行機が飛べるらしい。
残り4時間待つ

しかし、一向に飛行機はやってこない。

結局、この日は終日天候が悪く飛行機はやっ
てこなかった。

まさかのKahiltna base campでテント泊す
ることに。

6/27 (Kahiltna base camp→タルキートナ)

朝テントから出ると、視界はホワイトアウト
で真っ白、、、、やばい、、、今日はこちら
側の天気が悪い、、、、

3時間経過

視界は真っ白

3時間後

視界は真っ白

僕の日本行きのフライトは明日の14時発なので、
20時までの残り8時間で飛行機がやってこなかっ
たら、日本に帰れない。

本来は最悪でも26日までにタルキートナに着いて
いるはずなのに、、

天候が良くなることを祈る

6時間後

テントの外を眺めてみると微かに視界が良く
なっ
たような??

すると、ガイドが「ヒデ!!、たぶん、たぶ
ん、たぶん、今から飛行機が到着するかもし
れな
いから、すぐに出発できる準備をしてく
れ!」

「ついに!!!!」

しかし、天候は依然微妙だったので、本当に
飛行機が来るのか半信半疑のまま、すぐに出
発する準備をする。

待つこと30分

ゴゴゴゴゴゴ

IMG_0834

本当に飛行機がやってきた!!

皆で急いで乗り込む。
(いつまた天候が悪化して飛行機が飛ばなく
るのかわからないので)

そして、下山乾杯のアラスカビールを飲んで
から32時間後にタルキートナへ出発!

DSC00387

なんとか明日の日本行きのフライトに間に合
いそうで、ホッとする。

タルキートナに到着して、深夜1時にタクシ
ーでア
ンカレッジに出発できるように準備
を整えて
から、打ち上げ会場へむかう!

打ち上げ時に、ビールを2杯飲んだだけでめ
いがし、目がまわりフラフラとなる。(
疲れとホッとしたことでか)

深夜の1時にアンカレッジに向かってタクシ
ーで出
発!

6/28 (アンカレッジ→バンクーバー)

4時にアンカレッジに到着して、10時まで
ホテルで眠ることに。実に3週間ぶりにフ
カフカのベッドに寝れるーーーー!!!

「絶対に寝坊できない戦いがここにはある」
ので、入ーーーーーー念にアラームをかけて
から爆睡へ!

爆睡のため、あっという間に10時となり、
目を覚ます。

空港に出発するまで、ほんの少し時間がある
で、写真の整理をしよう!

カバンからカメラを探す

カメラを探す

カメラを探す

カメラを探す

あれっ!?

カメラ、カメラ、カメラ、カメラ

カ!メ!ラ!がない!!!!!!!!

いくら探してもカバンにカメラがない、、

背筋が凍りつき、、、、、、
血の気が引いた、、、、、、

カメラの中には登頂写真が、、、、、、

最後の最後の最後にデナリ登山最大の修羅場
が思わぬ形で待っていた。。。。

どこで、なくなったのか冷静に思い出す。
らく、タルキートナに到着して慌てて
道具を
整理したときに、間違えてゴミ箱
に捨ててし
まったのではないだろうか、
、?(カメラを
行動食の入った袋の中に
入れていたような、
、、、、、)その袋
を捨ててしまった記憶
が、、、(涙)

落胆しながら時計を見ると、空港へ出発する
時刻となっていたので、そまま急いで
空港へ
出発する。

さすがに、頭の中はモヤモヤとプチパニック

6/29(バンクーバー→日本)

仲間にカメラがなくなったことを報告する
と、仲間が頂上で僕が写っている写真を奇跡
的に撮ってくれていたので、「ホッ」とす
る。(涙)

これが、地球上に存在するたった2枚の僕の
デナリ登
頂写真!!!!
赤い人だーーー!!!
デナリ登ったどーーーー!!

image1-2

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

仲間には最後の最後の最後の最後まで感謝。

6/30 (アンカレッジ→成田)
17時間の時差と乗り継ぎなどで、30日に
日本に到着して、家に辿り着いた。

(感想)
「遠足は家に帰るまでが遠足」という言葉が
あるよ
うに、「登山も家に帰るまでが登山」
という
ことを今回身を以て痛感した。体調も
バッチ
リだったこともあってか、「山を登る
降る」
という行為自体は自分の力を出せ、良
い内容
だったが、ゴーグルを使えなくした
り、カメ
ラをなくしたりするというのはどこ
かに気の
緩みがあったのだろう。特にカメラ
をなくす
というのは考えられない過ち。それ
でも、現
実として起きたわけだから、猛省し
なくては
ならない。デナリから、ほんの僅か
な隙が命
取りとなることを痛感し、学ぶこと
ができた。

次はオーストラリアのコジオスコ。

恐怖心

よく、「なんで登山をするんですか?」と聞
れるのだが、正直今だに本質的な答えがわ
からない。「エベレストに憧れた」から始ま
り、様々な理由が重なって登りに行くように
なったのだが、突き詰めていくと本質が何な
のかわからない。だから、本質を突き詰める
のはやめた。どうなるか全くわからない中、
目の前のことだけに無我夢中になり、少しず
つ進んでいたら、気がついたら
いつのまにか
来週デナリに登りにいくことに
なっていた。

デナリを登りに行くことに対して、「全く怖
くな
い」と言えば嘘になる。憧れの山に登れ
ると
いう「ワクワク感」がある反面、デナリ
「伝統の重さ」や、どうなるかわからない
「天候不順」などのプレッシャーが重くのし
かかる。プレッシャーのことをいくら考えて
も状況は変わらないので、意識しないでいる
が、ふとした瞬間に「ゾッ」と「恐怖心」を
感じ
ることがある。この「恐怖心」を味わい
たい
が為に登山をしているというのもある
が、
怖いものは怖い。

しかし、どうなるかわからない怖さに踏み込
んでこそ、初めて見える景色がある。その一
歩踏み込んだ場所にどんな「驚き」が待って
いるのか、その景色を見て自分がどう変わっ
ていくのか、という好奇心が湧く。その面白
さを知ってからは、「
結果」(頂上)に対す
る想いは変
わらないものの、それ以上に「過
程」から得られ
るものがもの凄く大きいこと
に気づいた。ギリギリまで追い詰められない
と得れないものがあり、そこに飛躍がある。

「頂上」に徹底的にこだわるなら、ヘリコプ
ターを使うことも可能であるのに、なぜ自分
の足
を使って登りにいくのかと考えた場合。
「頂上」にたどり着くまでに、
どのような過
程を経ることで自分が「納得」し「やりが
い」を感じるのかが重要であると言える。そ
こには「恐怖心」が人間の「美意識」を生ん
でいるのではないだろうか。「美意識」が生
むドラマに魅了されるがゆえに、それを求め
たくなる。「恐怖心」があるところに「心の
豊かさ」も共存し
ているのかもしれない。

どうなるかわからないことに一歩踏み込ん
で、過程にワクワクしながら
、結果に報われ
なくても「継続」でき「納得」できることを
みつけ
られたら、人生はより豊かになってい
くよう
な気がする。

かけ算

アイドル × ヘビメタ ×  海外 → 快進撃

レディー・ガガと共演するまで
突き抜けてほしい

noma

先日、「ノーマ、世界を変える料理」を観に
行ってきた。

特別に料理愛好家でもない庶民の僕からみ
て、ほーーーーーーど遠ーーーーーい世界の
話なのだが、競争が熾烈な料理の世界で、世
界一に4回輝いたその物語と秘密に興味が湧
き、観に行った。

まず、「映画の要点」

①北欧デンマークには伝統料理の文化が乏し
かったが、北欧の食材を生かした料理をコン
セプトにレストランを創った。(これが今ま
でにない常識破りなため、「世界を変える」
と言われる所以)

②シェフのレネ・レゼピは料理評論家に「
料理界のモーツアルト」と言われるほどの
「独創性」の才能がある。

③世界一になった後に、周囲からの様々な雑
音や食中毒事件などがあり苦境にたたされる
が、原点に立ち返ることで逆境をはねのけ世
界一に返り咲く。

「映画の感想」
才能と運で世界一になれた(成功した)とし
ても、それを継続するには「原点」に立ち返
って自分らしさを忘れないことが大切である
こと。

この映画を観ていたら、千利休の「稽古とは
一より習い十を知り十よりかへるもとのその
一」という言葉を思い出した。

あと恐らく、実際は映画に出てきた苦しい場
面の1億倍以上の苦境があったのではないか
と思うので、それを乗り越える「忍耐力」が
ないと継続はできない。その「忍耐力」を生
むのは「覚悟」と「家族」(家や仕事場の)
なのではないかと思う。(この映画を観て)

いやーーーーーーー
一度レネさんの料理を食べてみたい。(笑)

最後に全然話が変わるが、(笑)家の近くに
いきつけの中華料理屋がある。外見も店内も
めちゃ古く、お世辞にも綺麗とはいえない
が、清潔感がある。それは、中華のお母さん
が「一生懸命」毎日掃除をしているからだろ
う。とにかくこの中華のお母さんは、全ての
サービスが「一生懸命」。お店に行くと元気
がでるのでまた行きたくなる。(味ももちろ
ん抜群に美味しい! by 中華のお父さん)

たまに、「レバニラ定食」を頼んだのに「
酢豚定食」を持ってくる時があるが、(し
かも、レバニラ定食を猛烈に食べたい時に
限って、、!!)それもそれで美味しい。
(笑)

 

 

マイノリティ

「日本人が本場のレゲエの世界で
生き残る事が
どれだけ大変か知ってんのか?」

レゲエでアジア人初の世界一になった
先駆者の重みのある言葉

多様性

国籍も価値観も多様な人たちと一緒に山を
ると、チームが「ジグゾーパズル」みたいで

面白い。「英語が上手に話せないけど人一倍
気配りをする人」、
「わがままだけど困って
る人への面倒見がいい人」、「おっちょこち
ょいだけどユ
ーモアに長けていてチームを和
ませる人」
、「高山病ですぐにリタイアした
のに、帰国
後にみなの写真や動画をまとめて
くれる人」。色んな
長所と短所を持つ人がい
て、その「デコボ
コ」がうまい具合に重なっ
てチームとして機能した。

サッカーや野球のような組織で戦うスポー
も選手が多様であればあるほど強い。例

ば、サッカーチームのバルセロナも様々な国
籍や特徴を持
つ選手が集まるから強い。そし
て、「全てが完璧な選手などいない」。メッ
シでも高い打点が必要なヘディン
グは強くな
い。バルセロナでも選手一人一人の特
徴(性
格や能力)は「デコボコ」であり、それを上
手く組み合
わせて機能させるのが監督(リー
ダー)の仕事。

どの分野の世界でも多様であればあるほど発
展していくと思う。しかし、発展に至るまで
が茨の道。野球で世界最高峰のメジャーリー
グがここまで発展したのも、人種や国籍に関
係なく多様な選手が集まるから。人種差別が
まだ根強く、白人しか出場していなかった時
代に「黒人初のメジャーリーガー」の道を切
り開いた「ジャッキー・ロビンソン」の功績
は偉大だ。自伝映画を拝見した限り、先駆者
として様々な困難があったが、彼が道を切り
開いたことで今のメジャーリーグの発展があ
るのではないだろうか。

新たな風を吹かせる先駆者というのは非常に
大きな苦難が待ち構えている
。多様であると
いうことは「価値観と意見」が「ぶつかり合
う」ということだから。既存の価値観が出来
上がっている「村社会」に新たな価値観が入
るのは容易ではない。しかし、「意見がぶつ
かり合う」というのは大事なこと。この時
に、相手の意見に「賛成」か「否定」の二者
択一にするのではなく、「共感はしないけど
理解はする」という選択肢もあれば、より両
者の思考は深まるのではないだろうか。すな
わち、もっと「寛容」になれれば思考も柔ら
かくなるのかもしれない。

倫理に反しない限り、相手にも自分にも「寛
容」になれれば
いいと思う。相手の欠点を受
け入れる代わりに自分の欠点もさらけ出せば
いい。「全てが完璧な人などいない」。

 

ウメハラの奇跡

ストツー世界大会
梅原さん(日本代表) vs  ジャスティン(米代表)
ケン          チュンリー

世界一のプロ・ゲーマーによる
奇跡的な大逆転
凄い

レスターの奇跡

サッカープレミアリーグ(イングランド)で
岡崎慎司選手が所属するレスターが優勝し
た。

ど素人の僕でもはっきり言わせてもらうが、
この優勝は、「奇跡!!!!!」

プレミアリーグは世界最高峰のリーグの一つ
で、リーグ全体の選手層の厚は世界一と呼ば
れている。

「マンチェスターユナイテッド」
「アーセナル」
「チェルシー」
「マンチェスターシティー」
「リバプール」
これらのチーム名はサッカーがわからない人
でもチラッとTVとかで聞いたことがあるの
では?

このプレミアリーグの中の「神の領域」とも
いえるのが、上記5つのチームのいわゆる
「ビック5」。

過去20年間で優勝したのは、このビック5
(リバプール以外の)のチームだけ。2〜3
位も36/40がビック5。

そのプレミアリーグの常識をぶっ飛ばしたの
が一昨年に2部リーグから昇格したばかりの
レスター。

プレミアに昇格して、昨年なんとか残留でき
たチームが、まさかビック5を差し置いて優
勝するとは誰が予想できるだろうか?(笑)

この奇跡を「他の出来事」で例えるなら

「野球」
・横浜がア・リーグ東地区を優勝

「遊戯王」
・1ターン目にエクゾディアが5体揃う

「98年のJPOP」
・SHAZNAがオリコン年間アルバム第1位

「幕末」
・以蔵が薩長同盟を結ぶ

「ノイマン」
・自宅の食器の位置を覚える

「クローズ」
・三上兄弟が鈴蘭のてっぺんをとる

「花より男子」
・和也君がつくしと結婚

「馬」
・ピンクカメオがディープインパクトに勝つ

ぐらいの奇跡!!

その奇跡のチームに日本人がいるのがまた奇
跡!

岡崎選手は、本田、香川、長友の陰に隠れて
地味な印象があるが、プレミアリーグ優勝と
いうのは、日本人サッカー史の記録に残る快
挙!

岡崎選手には18年W杯でも日本代表の奇跡を
創ってほしい。