アコンカグア

アコンカグア③

「出発はいつですか?」

「この治療が終わってからです」

キーーーン

キーーーン

キーーーン

「低気圧仕様にしました」
「次の治療は1月31日を予定しておりま
す。」

「すいません、虫歯の治療中に」

毎日しっかり歯磨きをしている「つもり」
でいたので、油断していたら、気づかな
いうちに虫歯にかかっていたので、恐ろ
しい、恐ろしい、恐ろしい、虫歯の治療
を受けてからアコンへ出発した。

(このブログを見られた方は、歯医者へ
の定期的な診断と、虫歯予防を徹底され
ることを心より願います。)

いざ、成田発メンドーサへ

飛行機の中で見た「3月のライオン」が、
正月ボケしていた気を引き締めてくれた。

が、しかし、

本当のことを恥ずかしながら、

正直に言うと、

アルゼンチンに到着してから、風邪を引いて
しまい。

アコンに出発するまで、丸々2日間寝込んで
しまった。

2日寝たら、動けそうなめどがたったので、
アコンへ出発した。

風邪を引いたまま高所に行ったことがなかっ
たので、どうなるのか実験してみた。

(1日目 メンドーサからコンフルエンシア)

片道780円のローカルバスに乗って、メンド
ーサからアコンへ出発。標高700m台から一
気に3300mに上がるので、到着して2時間ほ
ど、高度順応がきつかった。

(2日目 コンフルエンシア→プラザデムー
ラン)

とにかくこの区間は歩くのが長い。


ここの景色をみると、ビートルズが聴きたく
なるが、アコンでビートルズを聴くと毎度ア
コンが暴れ踊りだすので、今回はアコンの中
でビートルズを聴かないことにした。

だからガンズでスタート

ある意味、ビートルズよりもアコンが暴れて
しまうかもしれないが、ガンズもアコンと合
う。

ガンズの次は安室さん

引退アルバムfinallyの三枚組のデビュー曲か
ら引退曲までを1回転半聴いた。

懐かしい曲を聴いていると、92年から2017
年までの、その時その時の時代背景を思い出
してしまった。

しかし、
安室さんのデビュー曲がミスターUSAという
曲だったのは知らなかった。

一発目にこれを聴いたときの衝撃は凄まじか
った。

しかもこの曲がめちゃアコンに合うという笑
(田舎の海の海の家にも合いそう)

今回の西のアコンのキーマンは「USA」だっ
たので、今振り返ると不思議な曲だった。

そして、ガンズ・安室パワーで歩くこと、7時
間でプラザデムーラに到着。

疲れたー

(3日目 プラザデムーラ 休憩)

プラザデムーラからが本番

今回のメインは、

カラヤン × ベルリンフィルハーモニーなので、
とことんカラヤンを聴いた。


さらに、


バルザック「ゴリオ爺さん」
フローベル「ボヴァリー夫人」
夏目漱石「坊ちゃん」
冨樫義博「ハンター × ハンター34巻」

将棋
羽生善治全局集竜王奪還編

落語
立川談志

を楽しみながら過ごした。

この日は、休憩日なので、カラヤンと坊ちゃ
んを読んだ。

しかし、ベースキャンプで今後の天気予報を
見たら、風速90メートルの日があることに
ドン引き、、、あわあわあわあわあわ

たぶん、勝負どころは暴風日が過ぎてからの、
20日前後らへんになるのではないかと直感が
働いた。

(4日目、プラザデムーラ 休憩日)

明々後日に暴風日になるので、この日も休憩
日にした。

まだ若干風邪気味である。

ひたすら、カラヤンを聴きながらと坊ちゃん
を読む。

飛行機の中からプラザデムーラまでは、ブラー
ムスの交響曲第1番がMVPだった。

しかし、坊ちゃんはやんちゃな教師やなあー
と思った。しかも100年以上前の作品なのに
古さを感じないという。人間の根本的な部分
はあまり変わらないのかもしれない。

(5日目 プラザ→カナダへキャッシャ→プラザ)

カナダまで食料などの荷揚げをキャッシュす
る。

この日は落語の日だった。

談志師匠の雑談の部分も面白かった。

(6日目 プラザ→ニドデ→プラザ)

前日カナダへキャッシャした食料をニドデへ
荷揚げした。

この日が一番高度順応がきつかった。

その中で、ハンター × ハンターの1年ぶりの
新刊を読む。

ヒソカ VS クロロというどっちも負けて欲し
くない、めちゃおもろい戦い。

ヒソカが負けるのを見たくないけど、見て見
たい気もするという。

しかし、この日は高度順応がきつかったので、
二人の決着までみれず、途中で断念。

気分が悪くなると、正直帰ろっかなという気
持ちになってしまう。

この日をさかえに、高度順応もそれほどきつ
くなくなり、風邪の症状もよくなった。

(7日目 休憩日)

この日は、暴風日で天候は大荒れ

なんで、気分転換にジャズを聴きながらボヴ
ァリー夫人を読んだ。

ハンター × ハンターのヒソカとクロロの決着
もこの日で見届けた。

面白かったー

この日で、むこう1週間の天気をみて、どうい
う手順で登っていくかの意思決定をする。

自分と山のサミットデイをパズルのように合
わせなければならない。

サミットデイになりそうなのが、19日と22
日。(今日が15日)
一瞬、この日の暴風に滅入って、弱気に22日
にしようかと思ったけど、ここは攻めていか
ねばと思い、19日に標準を合わせることにし
た。

もし、19日までに高度順応が間に合わなかっ
たら、22日にすればいいぐらいの感じに。

なによりも、19日の午後から雪が降るので、
22日があてにならないと思ったので、19日
で勝負を決めたいと思った。(今まで散々天
候にやられてきたので)

(8日目 プラザ→カナダ)

順調に高度順応と荷揚げをした。

今回の音楽のリズムでカラヤンのアダージ
ョと並んでMVPだったのが、ジャスティン
ビーバーのこの曲。
(このライブ音源は盛り上がってしまうけ
ど、CD音源は淡々としていて落ち着く)

とにかく、落ち着きたいとき、リラックスし
いた時は、この曲を聴いていた。このテンポ
がいい。

ぼーとこれを聴きながら、ガスバーナに火を
つけてご飯や水をつくる時間が好きだった。

(9日目 カナダ→ニドデ)

高度順応と荷揚げともに順調。

ニドデコンドラデスも快晴。

無風で快晴な日にこの場所で過ごすのは初め
て。

とにかくカラヤンのアダージョが落ち着く。

今回のMVPはこれ。

寝袋の中でカラヤンを聴きながらゴリオ爺さ
んを読んで、あとは睡魔が襲ってくるのを待
つでけ。毎日、頭痛がひどくない時は、寝る
前のこの時間が至福のひと時。

(10日目 ニドデ→コレラ)

高度順応と荷揚げともに順調。

ついに明日がアタック日。(天気予報による
と午前中は風速0mの絶好日)

テントと水をつくったあとに、隣のテントの
人に、

「明日何時にアタックしますか?」

と尋ねたら、コンフルエンシアからずっと近
くにテント張っていたUSAチームのデイブさ
んだった。(テントのご近所さん)

「3時に出発するよ」

意外に早いな、、、

「よかったら明日、僕もUSAチームに入って
いいですか?」

「いいよ、いいよ、一緒に登ろう!」

こうして、アタックする9時間前に西はUSA
チームに加わることになった。

実はデイブさんは、毎回毎回、西が一人でテ
ントを張る時に手伝ってくれていて、なんと
心の余裕がある人だ(涙)と思っていたの
で、一緒に登れてラッキーだった。

なによりも、明日は午後から雪なので、単独
よりもチームで登ったほうがいいと思った。

最初、USAチームは4人で登る予定だったけ
ど、その内の2人の体調がよくないみたいなの
で、デイヴさんご夫婦と西の3人で登りに行く
ことになった。

それに伴い、スタート時間も3時から5時へ変
更になった。

2時間寝れる時間が増えるのは大きい。2時間
スタートが遅れるのも痛いが。

落語を10分ほど聴き、ゴリオ爺さんを10ペー
ジほどみて寝た。

なぜか、ビックリするぐらいによく寝れた。

しかも、夢でイチローさんと松井さんがアベ
ックホームランを打つ夢をみた。

なんで登山中に野球の夢をみたんやろう?と
思ったが、よくよく考えたら、アメリカ人二
人とアタックするから、メジャーリーガー二
人が夢に出てきたのかもしれない。

(11日目 アタック日)

起床して、九州人なので、うまかっちゃん
2人前を食べて、準備万端。

日本人だからなのか、5時に出発だったら、
5分前の4時55分に出発できる準備をしてし
まう。

しかし、

5時5分になっても、デイブさん達はテントか
ら現れない。

だから、「デイブさん!」と呼んだら、慌て
て、デイブさん達がテントの中から出てきた。

このルーズぽさが欧米人らしい。笑

昨年もフランス人チームを叩き起こしたよう
な。

ルーズなのは気にしないけど、今日は午後か
ら雪が降るので、できるなら早く出発したほ
うがいい。

そして、アタック開始。

昨年は風が強かったので、涙が出るぐらい寒
かったけど、今回は無風なので昨年に比べて
寒くはない。(天気予報では、午前中は風速
0mなので)

さらに、デイブさんご夫婦と登るリズム、テ
ンポ、休憩の入れ方が完璧に合う。ナイス相
性だった。

順調に3時間ほど登って、インデペンデシア小
屋横の登り坂に到着。

去年は腿まで積もってた雪も、今回は全然積
もってないので、驚くぐらい楽に坂道を登っ
た。

そして、昨年体が吹っ飛びそうなぐらいな突
風をくらって断念した、大トラバースへ。

昨年の突風のトラウマがよぎるが、驚くぐら
いの無風だった。

昨年にここまで登っていたからか、ここまで
は、すごっい順調に登っていたのだけど、
(6600mぐらいまで)

6700メートルあたりから、一気にガクッと
きてしまった。(未体験ゾーンに入ったから
なのか)

とにかく、「ゆくっり、ゆっくり、水を飲み
ながら」を心がけながら、登った。

アコンのラスボス、斜面40度のグランカナレ
ータがどんなもんか、楽しみにしていたのだ
けど、

楽しめないぐらい、しんどかった。

もう、最後は根性で登った。

そして、3回目のチャレンジで念願の登頂へ。

感情的には、

「着いたーーー」

という感じだった。

頂上に到着して、写真を撮ったら、もう下山
するを準備しか考えなかった。

周りの登頂者は登頂に酔いしれている。

朝から雲一つない快晴が続いていたが、西が
登頂する30分ぐらい前ぐらいから怪しい雲が
出てきて、雪が降り出した。(天気予報通り
なのだが)

下山をする時には、吹雪になった。

さらに一段集中力を上げて下山した。

下山中に動けなくなった人がいて、レンジャ
ーが5人がかりでグランカナレータから救助
していた。意識と呼吸があるのかないのかは
怖くて聞けなかった。

この光景と吹雪も重なり、一気に下山者の緊
張感が高まった。

そして、なんとか無事に何事もなくデイブさん
夫婦と西は下山した。

テントでぐっすり寝れるーーーーーーーーー

テントに帰って、水とご飯をつくって食べて、
あとは寝るだけという状態になったら、登頂
祝いにカラヤンの第九を聴いた。

この時驚きだったのが、テントに帰ってきて
1〜2時間経っていたのに、心拍数が120だ
ったこと。

毎回、パルスオキシメーターで動脈血酸素飽
和度と心拍数を計っているのだけど。この時、
動脈血酸素飽和度は正常の85ぐらいで心拍数
が120だった。(話が変わるが、今回は、感
覚的に動脈血酸素飽和度が下がっているかな
と思って計ったら、それほど下がってないと
いう時が多かった、結果としていい意味で感
覚と計測がズレているときが多かった(悪い
意味なのかもしれないが))

1時間半ぐらい動いてないのに、このパターン
は初めてだったので驚いた。

原因は、カラヤンの第九なのか、登頂の興奮
なのか、アタックの興奮なのか、何か体の不
調なのか、と色々と考えてしまった。

まっ、気にせず、寝る。

昨年もだったが、アタック後の反動でこの日
の睡眠時は、気持ち悪い状態が続いた。ひた
すら水を飲んだ。

(12日目 コレラ→プラザ)

朝起きたら、雪でテントが半分埋まっていた
ので、ビックリ。

体がしんどいけど、慎重に下山して、プラザ
デムーラへ。

この日は、正座をして、羽生さんの竜王位奪
還時の棋譜を指した。


上記が投了図。

羽生さんでも、初めての竜王位のプレッシャ
ーで弱気な疑問手を指していたことに驚いた。

(13日目 プラザ→コンフル)

全荷物を抱えて、7時間の道のりを戻る日。

ムーランを使えばいいんだけど。(ロバに荷
物を運んでもらうサービス)

色々とめんどくさいんで、使う気にならなか
った。(ムーラン代を焼肉にとも、、、、)

下山の前にアコンの師匠と再開。

登頂報告をした。

とにかく7時間の道のりはしんどかったので
音楽でごまかした。

体力的にはこの日が一番しんどかった。

やっぱムーラン使えばよかったーー涙

(14日目 コンフル→メンドーサ)

やっとシャバに戻れる。

帰りのバスは、アンデス山脈を眺めながら、
ビートルズを聴いて帰った。

(感想)

本当に同じ山なのかと思うぐらい、天候によ
って姿形を変える山だった。どの状態の時に
めぐり合うのかは、運の力も大きいのかもし
れない。私の場合は結果として、3回登りに
行くことになった。巡り合わせによっては、
1回目の時に登頂できた可能性もあったので
はないかとも思う。しかし、色々と成長する
ことができたので3回目で登れてよかったと
思うことができた。

地理的、時間的、資金的にも、そう簡単にチ
ャレンジすることができない山に、3回チャ
レンジすることができた源泉は、「悪天候で
なければ登れる」と思い続けることができた
からである。そして、3回のチャレンジで成
長できた部分は、「悪天候だったら登らない」
と強く思えるようになったこと。この二つの
言葉を理解し、冷静に念頭に置けるようにな
ったことに価値があるのかもしれない。

そして何よりも、ホッとした。

来週からアコン

来週からアコンへ行く。3度目のチャレンジ
なので、天候と安全の幸運を祈るのみであ
る。

初めて登りに行った時は、とにかく不安で
っぱいだった。理由は、それまでの登山
があ
まりに順調な天候が続いていたから怖くなっ
てしまった。不安は的中して
案の定悪天候に
った。

2回目の時も、出発前から天候のことが気に
なっていたけど、多分大丈夫だろうと楽観的
になっていた。しかし、期待に反してまた悪
天候となった。

今回は、さてどうなるかという気持ちである。
山の中に入れば、天候に全神経を集中させる
と思うが、今はあまり天候のことが気になら
ない。悪天候になったら中止するのみである。
虎視眈々と頂上を狙うものの、とにかく冷静
に安全第一に努めようと思う。

アコンカグア②

二回目のアコンカグアも登頂ならず。

今回は強風にやられた。

(今回のいきさつ)

今回は単独で登るので、まず日本で20日分
の食材を揃えて出発した。(アコンの滞在
上限は20日間)

インスタントラーメン、パスタ、パックご
はん、行動食(カロリーメイト)などなど

最終的にインスタントラーメンが軽い、美
味しい、水分補給もできるでMVPだった

ほんで

20日分の食料をもっていざメンドーサへ!

今回はパリ経由の左回りで行くことに(そっ
ちの方が安かったから)

成田→パリ→サンティアゴ→メンドーサの3
0時間移動(´Д` )

アコンの特徴は行くまでがナ・ガ・イ!!

飛行機の中ではひたすら、本、音楽、映画

そして、

飛行機の中で最後にみた映画が「シンゴジラ」


山に行く前にゴジラをみるのもどうかと思う
が、みてなかったのでラッキーだった。

長時間フライトすぎて、グラグラになりなが
らも無事にメンドーサに到着。

メンドーサについてからやること
①道具レンタル(テント、ガスバーナーなど)
②ツアー会社(インカ)にムーラン申請
③入山料の支払い
④ローカルバスで出発(片道130ペソ)

①〜④を済ませてから、バスでメンドーサか
ら4時間ぐらいでペニテンテスへ移動。

ペニテンテスでムーランに乗せる荷物を預ける

ここで昨年一緒にアコンを登ったガイドと再開

僕がリベンジしにきたことに、めちゃ嬉しそ
うだった( ^ω^ )

ほんで
オルコネスの事務所で入山パーミットをもら
ってから、登山開始。

今回の日程

1日目 オルコネス→コンフルエンシア
2日目 コンフルエンシア→プラザデムーラ
3日目 プラザデムーラ滞在(休憩日)
4日目 プラザ→ニドデコンドレス
5日目 プラザデムーラ滞在(休憩日)
6日目 プラザ→カナダ泊(C1)(キャッシュ)
7日目 カナダ→ニドデ(キャッシュ)→プラザ
8日目プラザデムーラ滞在
9日目 プラザデムーラ→カナダ(C1)
10日目 カナダ(C1)→ニドデ(C2)
11日目 ニドデ(C2)→ベルリン(C3)
12日目ベルリン→サミット→ベルリン
13日目ベルリン→プラザデムーラ
14日目プラザデムーラ→コンフルエンシア
15日目コンフルエンシア→オルコネス
予備日5日間

体調と天候によって変動するけど、だいたい
この流れで。

1日目 オルコネス→コンフルエンシア

今回初テント+初自炊だったけど、疲れてた
んですぐに爆睡。

2日目 コンフル→プラザ(8時間)

個人的に地味にこの区間の8時間の移動が
大変だと思っている。

今回はテントと寝袋を背負っての移動。(こ
のコンビは地味に重い)

なんで

音楽を聴きながら頑張ろう♫

個人的な主観だけど、やんちゃなアコンには
ビートルズが合う♫(ビートルズはどこで聴
いても最高だけど)


ひたすらビートルズをリピートしながら歩
く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く、歩く


歩く、歩く、歩く、

こと6時間

終盤戦は安室奈美江さんで!

トレランの大会で安室さんを聴きながら走っ
たのがきっかけで、なぜか山でしんどい時は
安室さんを聴く♫が定着!

安室パワーでプラザデムーラに到着!

いやーー疲れた

爆睡

3日目 プラザデムーラ滞在

今回は、将棋メインの、文学、音楽を楽しみ
ながら山登りをすることにした。

将棋は羽生さんのデビュー戦から初竜王位奪
還までの棋譜を指そうと思った。(最終的に
指せたのは86局だったけど)

本は5冊に絞った。

シェイクスピア「オセロ」
カフカ「変身」
ヘミングウェイ「老人と海」
川端康成「美しい日本の私」
小林秀雄「モーツアルト・無常という事」

音楽は、普段あまり集中的に聴いたことがな
かったので、モーツアルト、ベートーベン、
バッハ、ショパンを聴くことにした。

この日は、モーツアルトを聴きながら将棋を
指して、小林秀雄さんのモーツアルト論を聴
いた。

この日から、アタック日まで、音楽はほとんど
クラシックしか聴かなかった。(激し目よりも
穏やかで落ち着いた曲を)

四日目 プラザデムーラ→ニドデ→プラザ

朝起きたら、順調に高度に順応していた。

さらに、引き続き高度になれるため、散歩がて
らに5400mぐらいまで登って帰ってくること
に。

約1年ぶりのアコンの道を思い出しながら登る。

順調に登っていたけど、ニドデコンドレスに到
着する手前で天候がいきなり崩れてきたので引
き返すことに。

雪がポツラポツラ降り出しながら、一人で山を
降っていたら、

今まで感じたことのないような静電気を浴び
て、顔からずっこける。

イタタタと思いながら、デコを確認したら微妙
なかすりキズで済んだのでホッとする。

5日目 プラザデムーラ滞在(休憩日)

今日はショパンを聴きながら将棋を指す。

個人的にショパンと将棋の相性が良すぎて、
無限に指し続けられるような気になってしま
う。

けど、おなかがすいたら集中力は途切れる笑

将棋は考えながら指すというよりも、絵がで
きあがるまでの流れをみてるような感覚で指
している。(だから一局30分ぐらいで終わ
る)

6日目 プラザデムーラ→カナダ泊(C1)

本当はニドデコンドレス(C2)までいきた
かったけど、寝坊して出発が遅れたので
カナダに宿泊した。

いつも、山で寝る時は玉置さんを聴く。

全然歌詞とかは聴いてないけど、寝袋と玉置
さんの歌声が居心地がいいのでよく眠れる。

プラス、川端さんと小林さんの本の西行やら
芭蕉やら雪舟やら光悦やら宗達やら平家物語
やらゲエテやらヘーゲルやらのお話を寝ると
きに読めばすぐに爆睡できる!(面白くて勉
強になるんだけど夜は睡眠薬に)

特に玉置さんの歌+西行さんの俳句のコラボ
が最強の睡眠薬zzzZZZZ

 

 

7日目 カナダ→ニドデコンドレス(キャッシュ)→プラザ

食料と道具をニドデにキャッシュしてプラザへ

まだ少し、5000mを超えると苦しい。

なんで、
山を登って疲れた時は

ウィーン少年合唱団

癒される

アタック日までクラシック以外で聞いてた
のは玉置さんとウィーン少年合唱団だった。

8日目 プラザデムーラ滞在(休憩日)


毎朝、食後のコーヒーを飲みながら将棋を指
してその日の体調を把握する。

今日はベートーベンを聴きながら羽生さんの
竜王戦の予選を全て指した。

9日目 プラザデムーラ→カナダ(C1)

こっから、フランス人二人組のクライマーと
一緒に登ることに。


今日はバッハを聴きたい気分だったけど、

山でバッハを聴くときは、

ちゃらり〜 ちゃらりらりーら〜♫
(トッカータとフーガ ニ短調 )よりも

チェロの曲を聴いたほうが合う

しかーーーーーーし!

この日の夜から天候が崩れ大雪(T ^ T)

ちょうどこの時、ヘミングウェイの「老人
と海」を読んでたのだけど、主人公のおじい
さんが一人で海に出て大魚と戦うシーンが今
の自分と重なるなと、ふと思いながら寝るzz
zZZZZ

10日 カナダC1→ ニドデコンドレスC2

朝、少しだけ天気がよくなった隙に
カナダからニドデコンドレスへ移動!

2往復していたので、順調に高度順応して
いた。

しかーーーーーーし!
大雪が続く(T ^ T)

まぁ予報通りなのですが、、、

この夜は、ひたすら小林秀雄さんの雪舟論を
聴かされた。(本で)

特に山水長巻について熱く語るので、絵を無
性にみたくなったのだけど、山の中だからみ
れないーーー、とムズムズしながら寝るzzZ

11日目 ニドデコンドレス(C2)→ベルリン(C3)

午後から雪が止むので、ベルリンへ

標高5900mなので少し苦しい

いよいよ明日がアタック日

なので、羽生さんの竜王位奪還時の棋譜を指
す。

今までずっと将棋をしてきてついに羽生さん
が初タイトルを獲得!

羽生さんに続いて是非とも僕も明日登頂した
いーー!

てか、将棋で「山王戦」という山の上で対局
する大会があればいいのになと、ふと、思う。

アコンカグアでなら、羽生さんの飛車落ちに
勝てるかも?Σ(゚д゚lll)(無理無理無理)

寝るzzzzZZZZ

12日目 アタック日

am5:00

天候的にこの日しかアタックするチャンスが
ないので、5組15人ぐらいで一斉にアタック
開始!

雪積もってる+日の出前+強風でめちゃめち
ゃめちゃめちゃめちゃめちゃ寒い!!!

寒いという記憶しかないけど、ひたすら3時
間ぐらい登ったら、インデペンデシア小屋に
到着。(6400m)

寒いなりにここまで順調。

ひょっとしたら頂上にににににに(・Д・)ノ

とおもったけど

インデペンデシア小屋横の坂道(100m)に積
もってる雪をみてドン引き(´Д` )

腿までつもってる(T ^ T)

でもいけるところまでいくしかない!

地元のクライマーの人が先頭に立ってラッセ
ルをしてくれるも、かなり苦戦。

苦戦しながらも100mの坂を登りきる。

よっしゃー登りきったと思った矢先に待ち構
えていたのは、

今まで体感したこともないような突風だった。

あまりの強さに普通に立って呼吸するのも困
難。

想定外すぎる。天気予報にこんな風あった?

初めて登山をしていて体が動かなかった。

そして

自分の意思で登頂を断念した。

この風を受けながら頂上まで行って帰ってこ
れる想像が浮かばなかった。

まだ、日程に余裕があるから一旦引き返そ
う。

ここで登頂を諦めて、テントまで下山した。

というよりも一刻も早く安全な場所に戻り
たいと思った。

テントに戻ってからは、何もする気力が起
きなかった。

まだ昼の12時半ぐらいだったけど、ひたす
ら寝てぼーとしてた。

なぜかこの時、ずっと、DJ Snakeを聴いて
た。

この日の夜は、6500mまで登った反動な
のか寝るときは結構苦しかった。(ひた
すら水を飲んだら大丈夫だったけど)

12日目 ベルリン→プラザデムーラ

天候が回復するなら今日またアタックする気
でいたけど、昨日の夕方にレンジャー(山の
警備隊)がやってきて、今日から明後日まで
さらに風が強くなるから、

できれば早く下に降りたほうがいいと言われ
ていたので、アタックを諦めて、一旦プラザ
デムーラまで降りることに。

プラザデムーラに到着してからは、ずっと寝
るまで将棋を指していた。

無心に将棋を指すと今回の反省点も自然と浮
かんだ。

うーん、登る前に勝負がついていたんだと思
った。(天候的に今回登るなら短期戦でいか
なればならなかった)

まー、しゃーない、と思い寝るzzZZZZ

夜中ふと目が覚めて、椎名林檎を無性に聴き
たくなったので聴いた。

13日目 プラザデムーラ

まだ1週間山に入れるので、この日はとにか
く天候の情報収集に勤めた。

けど、天候は悪化する一方で、1週間はダメ
とのこと。

うーん、粘るか撤収するかの意思決定をせね
ば。

粘りたかったけど、粘ったところでどうしよ
うにもできないので、完全撤退することにし
た。

「またくればいい」と思った。

この日は夜ご飯を食べたらすぐに睡魔がやっ
てきて寝たzzzZZZ

14日目 プラザデムーラ→コンフルエンシア

帰りのこの長い区間は、
ひたすらコールドプレイをリピートしながら
歩いた。(アルバムviva ra vida 5回転ぐら
い)

しかも、インカが撤退したためムーランが使
えず全荷物を抱えて6時間の道のりを歩いた。

きつかったーーー泣笑

15日目 コンフルエンシア→メンドーサ

朝コンフルエンシアを出発して、オルドネス
で下山手続きを済ませてから、1日2便しか
ない、メンドーサ行きのローカルバスに乗
った。

これで、やっとシャバに帰れるー( ´ ▽ ` )ノ

山好きだけどシャバに戻れた時の嬉しさも
たまらない。

オルコネスからメンドーサまでの4時間の道
のりをアンデス山脈を眺めながら、ジュディ
マリを聴いて帰った。

からの

最後はテイラースウィフト締めだった。

(感想)

一回目は「悔しい!!!!!!!!!!!」

だったけど

二回目は「しゃーない、またこよ」

だった。

三回目は「やっと機嫌がよくなったかー」

と、なるようになるようになりますように。

アコンカグア(南米最高峰)

image
5ヶ月前のエルブールスから
あっという間にアコンカグアを迎えた。
この一年で三大陸最高峰の山にチャレンジしたのは
想像以上にハードな一年間だった。
でも、10年後20年後に振り返ってみた時に
充実した一年間だったと思えるような気がする。
その為にも、
この一年の締めとなる今回のアコンカグアはどうしても登頂したかった。 (さらに…)