中途半端な年頃

文芸批評家の小林秀雄全集を少しずつ読みは
じめた。

第一巻は、小林先生が20歳から28歳までの
文章が残されている。

一番刺さったのが、小林先生が28歳の時に吐
いた次の言葉だった。

「大人でもなければ子供でもない、私くらい
の年頃が一番やりきれない。いはば、沈香を
たいて、屁をひって、苦り切っているのであ
る。早く頭がハゲて、背中を丸くして机の前
に座りたい、というようなことをチェホフが
手紙の中で書いていたことを思い出す。」
(小林秀雄全集① P. 422)

私も、緩やかな身体の老いとともに、あと10
〜20年中
途半端な年頃を過ごさなければなら
ない。(第四次産業革命のまっただ中、平均
寿命が伸びている環境下で)

10回目の休刊

HUNTER×HUNTERがまた休刊になった。

今回で10回目。

漫画やドラマは一気に見たいタイプなので、
間が空くのが苦手だけど、HUNTER×HUN
TERは間が開いても見てしまう。

毎回、休刊するたびにいろんな説が飛び交
うけど、今回はなんなんだろう。

ゲームに熱中説であってほしい。

首を長くして待っております。

畑づくり

初めて畑を耕して夏野菜の苗を植えた。雑
だらけの状態の草むしりから始まり、石を取
り、耕運機で土を柔らかくし、米ヌカを土に
混ぜて、土を寝かせ、マルチシートを貼って、
土を寝かせて苗を植えた。畑の中で作業をす
ると、日常の雑音から無心になれて楽しかっ
た。

畑づくりの経験者がいたので、その知恵を借
りて体を動かすだけだったので、とても心強
かった。もし、その方がいなかったら、全く
違った畑になっていたと思う。同じ場所の畑
なのに不思議である。

ゼロから畑を作って、苗を植えると、これか
らしっかり水やりをして育てていきたいとい
う思いが増した。しっかり立派な野菜が育つ
ことに越したことはないが、どんな野菜に育
ってもおいしく食べられるのではないかと思
う。

ふと、育てるとは、どんな姿でもかわいいと
思ってしまうことなのかと思った。

ありのままに数学に熱中

数学者・岡潔先生の著書を読んだ。

岡先生の本を一冊読んだら、ドキュメンタリ
ー番組で受けた印象と違ったので、もっと知
りたいと思い全集を読んだ。どのような内容
が書かれているのか全く知らずに読んだら、
岡先生が数学にどのような心構えで向き合い、
生きてきたのかが理解できた。また、数学者
であり、教師でもある岡先生の教育に対する
熱い想いも理解することができた。

岡先生が「多変数函数論」という、世界で誰
も登っていない険しい山に挑む中で、先人の
知恵を探求してたどり着いた心構えが「日本
的情緒」だった。私の解釈では、岡先生の日
本的情緒とは、「思いやりの心をもって、あ
りのままの自分になり、熱中して物事にあた
ること」という意味で理解した。人と違うこ
とを気にせず、倫理観を守りながら、興味あ
ることに熱中する姿勢こそ岡先生の力の源だ
ったのだ。

資本主義の競争社会でご飯を食べて行かなく
てはならない現環境下において、「ありのま
の姿」で居続けることは非常に難しいこと
だと私は
思う。さらに物欲や承認欲求もどう
しても
湧いてしまう。(私の現皮膚感覚では)
その
中で、岡先生は「ありのままの姿」で居
続けよ
うとした。本を読んだだけでは、実際
に岡先生
が1日の中でどれだけの時間を「あ
りのまま
の姿」で居続けたのかは分からない
が、ほぼ
ほとんどの時間を「ありのままの姿」
でいた
のではと想像する。

虫とり少年が森の中で、「カブトムシ、カブ
トムシ」と声に出しながら、昆虫を探す。足
とに咲く花を踏まないように注意しながら
も、
頭の中は虫を捕まえることでいっぱい。
ご飯
を食べることさえも忘れて虫を捕まえて
いた
ら、いつの間にか日が暮れて、お母さん
が迎
えにくる。家に帰ったら、ホカホカのご
飯が
待っている。

この少年が30年後、同じ森に入ったらどう
いう姿を想像するだろうか?

もし岡先生だったら、お母さんが奥さんに変
わる以外、何も変わらないのではないかと私
は想像
する。(主観的な想像である)

本を読めば読むほど、岡先生の姿が遠のいて
いったが、岡先生が将棋、高杉晋作、巨人の
ファンだったことに、
親近感を感じた。特に
将棋に関しては、江戸
時代の棋譜を並べる程
お好きだった
ようなので、岡先生がどのよう
な将棋を指さ
れていたのか気になってしまっ
た。