アコンカグア③

「出発はいつですか?」

「この治療が終わってからです」

キーーーン

キーーーン

キーーーン

「低気圧仕様にしました」
「次の治療は1月31日を予定しておりま
す。」

「すいません、虫歯の治療中に」

毎日しっかり歯磨きをしている「つもり」
でいたので、油断していたら、気づかな
いうちに虫歯にかかっていたので、恐ろ
しい、恐ろしい、恐ろしい、虫歯の治療
を受けてからアコンへ出発した。

(このブログを見られた方は、歯医者へ
の定期的な診断と、虫歯予防を徹底され
ることを心より願います。)

いざ、成田発メンドーサへ

飛行機の中で見た「3月のライオン」が、
正月ボケしていた気を引き締めてくれた。

が、しかし、

本当のことを恥ずかしながら、

正直に言うと、

アルゼンチンに到着してから、風邪を引いて
しまい。

アコンに出発するまで、丸々2日間寝込んで
しまった。

2日寝たら、動けそうなめどがたったので、
アコンへ出発した。

風邪を引いたまま高所に行ったことがなかっ
たので、どうなるのか実験してみた。

(1日目 メンドーサからコンフルエンシア)

片道780円のローカルバスに乗って、メンド
ーサからアコンへ出発。標高700m台から一
気に3300mに上がるので、到着して2時間ほ
ど、高度順応がきつかった。

(2日目 コンフルエンシア→プラザデムー
ラン)

とにかくこの区間は歩くのが長い。


ここの景色をみると、ビートルズが聴きたく
なるが、アコンでビートルズを聴くと毎度ア
コンが暴れ踊りだすので、今回はアコンの中
でビートルズを聴かないことにした。

だからガンズでスタート

ある意味、ビートルズよりもアコンが暴れて
しまうかもしれないが、ガンズもアコンと合
う。

ガンズの次は安室さん

引退アルバムfinallyの三枚組のデビュー曲か
ら引退曲までを1回転半聴いた。

懐かしい曲を聴いていると、92年から2017
年までの、その時その時の時代背景を思い出
してしまった。

しかし、
安室さんのデビュー曲がミスターUSAという
曲だったのは知らなかった。

一発目にこれを聴いたときの衝撃は凄まじか
った。

しかもこの曲がめちゃアコンに合うという笑
(田舎の海の海の家にも合いそう)

今回の西のアコンのキーマンは「USA」だっ
たので、今振り返ると不思議な曲だった。

そして、ガンズ・安室パワーで歩くこと、7時
間でプラザデムーラに到着。

疲れたー

(3日目 プラザデムーラ 休憩)

プラザデムーラからが本番

今回のメインは、

カラヤン × ベルリンフィルハーモニーなので、
とことんカラヤンを聴いた。


さらに、


バルザック「ゴリオ爺さん」
フローベル「ボヴァリー夫人」
夏目漱石「坊ちゃん」
冨樫義博「ハンター × ハンター34巻」

将棋
羽生善治全局集竜王奪還編

落語
立川談志

を楽しみながら過ごした。

この日は、休憩日なので、カラヤンと坊ちゃ
んを読んだ。

しかし、ベースキャンプで今後の天気予報を
見たら、風速90メートルの日があることに
ドン引き、、、あわあわあわあわあわ

たぶん、勝負どころは暴風日が過ぎてからの、
20日前後らへんになるのではないかと直感が
働いた。

(4日目、プラザデムーラ 休憩日)

明々後日に暴風日になるので、この日も休憩
日にした。

まだ若干風邪気味である。

ひたすら、カラヤンを聴きながらと坊ちゃん
を読む。

飛行機の中からプラザデムーラまでは、ブラー
ムスの交響曲第1番がMVPだった。

しかし、坊ちゃんはやんちゃな教師やなあー
と思った。しかも100年以上前の作品なのに
古さを感じないという。人間の根本的な部分
はあまり変わらないのかもしれない。

(5日目 プラザ→カナダへキャッシャ→プラザ)

カナダまで食料などの荷揚げをキャッシュす
る。

この日は落語の日だった。

談志師匠の雑談の部分も面白かった。

(6日目 プラザ→ニドデ→プラザ)

前日カナダへキャッシャした食料をニドデへ
荷揚げした。

この日が一番高度順応がきつかった。

その中で、ハンター × ハンターの1年ぶりの
新刊を読む。

ヒソカ VS クロロというどっちも負けて欲し
くない、めちゃおもろい戦い。

ヒソカが負けるのを見たくないけど、見て見
たい気もするという。

しかし、この日は高度順応がきつかったので、
二人の決着までみれず、途中で断念。

気分が悪くなると、正直帰ろっかなという気
持ちになってしまう。

この日をさかえに、高度順応もそれほどきつ
くなくなり、風邪の症状もよくなった。

(7日目 休憩日)

この日は、暴風日で天候は大荒れ

なんで、気分転換にジャズを聴きながらボヴ
ァリー夫人を読んだ。

ハンター × ハンターのヒソカとクロロの決着
もこの日で見届けた。

面白かったー

この日で、むこう1週間の天気をみて、どうい
う手順で登っていくかの意思決定をする。

自分と山のサミットデイをパズルのように合
わせなければならない。

サミットデイになりそうなのが、19日と22
日。(今日が15日)
一瞬、この日の暴風に滅入って、弱気に22日
にしようかと思ったけど、ここは攻めていか
ねばと思い、19日に標準を合わせることにし
た。

もし、19日までに高度順応が間に合わなかっ
たら、22日にすればいいぐらいの感じに。

なによりも、19日の午後から雪が降るので、
22日があてにならないと思ったので、19日
で勝負を決めたいと思った。(今まで散々天
候にやられてきたので)

(8日目 プラザ→カナダ)

順調に高度順応と荷揚げをした。

今回の音楽のリズムでカラヤンのアダージ
ョと並んでMVPだったのが、ジャスティン
ビーバーのこの曲。
(このライブ音源は盛り上がってしまうけ
ど、CD音源は淡々としていて落ち着く)

とにかく、落ち着きたいとき、リラックスし
いた時は、この曲を聴いていた。このテンポ
がいい。

ぼーとこれを聴きながら、ガスバーナに火を
つけてご飯や水をつくる時間が好きだった。

(9日目 カナダ→ニドデ)

高度順応と荷揚げともに順調。

ニドデコンドラデスも快晴。

無風で快晴な日にこの場所で過ごすのは初め
て。

とにかくカラヤンのアダージョが落ち着く。

今回のMVPはこれ。

寝袋の中でカラヤンを聴きながらゴリオ爺さ
んを読んで、あとは睡魔が襲ってくるのを待
つでけ。毎日、頭痛がひどくない時は、寝る
前のこの時間が至福のひと時。

(10日目 ニドデ→コレラ)

高度順応と荷揚げともに順調。

ついに明日がアタック日。(天気予報による
と午前中は風速0mの絶好日)

テントと水をつくったあとに、隣のテントの
人に、

「明日何時にアタックしますか?」

と尋ねたら、コンフルエンシアからずっと近
くにテント張っていたUSAチームのデイブさ
んだった。(テントのご近所さん)

「3時に出発するよ」

意外に早いな、、、

「よかったら明日、僕もUSAチームに入って
いいですか?」

「いいよ、いいよ、一緒に登ろう!」

こうして、アタックする9時間前に西はUSA
チームに加わることになった。

実はデイブさんは、毎回毎回、西が一人でテ
ントを張る時に手伝ってくれていて、なんと
心の余裕がある人だ(涙)と思っていたの
で、一緒に登れてラッキーだった。

なによりも、明日は午後から雪なので、単独
よりもチームで登ったほうがいいと思った。

最初、USAチームは4人で登る予定だったけ
ど、その内の2人の体調がよくないみたいなの
で、デイヴさんご夫婦と西の3人で登りに行く
ことになった。

それに伴い、スタート時間も3時から5時へ変
更になった。

2時間寝れる時間が増えるのは大きい。2時間
スタートが遅れるのも痛いが。

落語を10分ほど聴き、ゴリオ爺さんを10ペー
ジほどみて寝た。

なぜか、ビックリするぐらいによく寝れた。

しかも、夢でイチローさんと松井さんがアベ
ックホームランを打つ夢をみた。

なんで登山中に野球の夢をみたんやろう?と
思ったが、よくよく考えたら、アメリカ人二
人とアタックするから、メジャーリーガー二
人が夢に出てきたのかもしれない。

(11日目 アタック日)

起床して、九州人なので、うまかっちゃん
2人前を食べて、準備万端。

日本人だからなのか、5時に出発だったら、
5分前の4時55分に出発できる準備をしてし
まう。

しかし、

5時5分になっても、デイブさん達はテントか
ら現れない。

だから、「デイブさん!」と呼んだら、慌て
て、デイブさん達がテントの中から出てきた。

このルーズぽさが欧米人らしい。笑

昨年もフランス人チームを叩き起こしたよう
な。

ルーズなのは気にしないけど、今日は午後か
ら雪が降るので、できるなら早く出発したほ
うがいい。

そして、アタック開始。

昨年は風が強かったので、涙が出るぐらい寒
かったけど、今回は無風なので昨年に比べて
寒くはない。(天気予報では、午前中は風速
0mなので)

さらに、デイブさんご夫婦と登るリズム、テ
ンポ、休憩の入れ方が完璧に合う。ナイス相
性だった。

順調に3時間ほど登って、インデペンデシア小
屋横の登り坂に到着。

去年は腿まで積もってた雪も、今回は全然積
もってないので、驚くぐらい楽に坂道を登っ
た。

そして、昨年体が吹っ飛びそうなぐらいな突
風をくらって断念した、大トラバースへ。

昨年の突風のトラウマがよぎるが、驚くぐら
いの無風だった。

昨年にここまで登っていたからか、ここまで
は、すごっい順調に登っていたのだけど、
(6600mぐらいまで)

6700メートルあたりから、一気にガクッと
きてしまった。(未体験ゾーンに入ったから
なのか)

とにかく、「ゆくっり、ゆっくり、水を飲み
ながら」を心がけながら、登った。

アコンのラスボス、斜面40度のグランカナレ
ータがどんなもんか、楽しみにしていたのだ
けど、

楽しめないぐらい、しんどかった。

もう、最後は根性で登った。

そして、3回目のチャレンジで念願の登頂へ。

感情的には、

「着いたーーー」

という感じだった。

頂上に到着して、写真を撮ったら、もう下山
するを準備しか考えなかった。

周りの登頂者は登頂に酔いしれている。

朝から雲一つない快晴が続いていたが、西が
登頂する30分ぐらい前ぐらいから怪しい雲が
出てきて、雪が降り出した。(天気予報通り
なのだが)

下山をする時には、吹雪になった。

さらに一段集中力を上げて下山した。

下山中に動けなくなった人がいて、レンジャ
ーが5人がかりでグランカナレータから救助
していた。意識と呼吸があるのかないのかは
怖くて聞けなかった。

この光景と吹雪も重なり、一気に下山者の緊
張感が高まった。

そして、なんとか無事に何事もなくデイブさん
夫婦と西は下山した。

テントでぐっすり寝れるーーーーーーーーー

テントに帰って、水とご飯をつくって食べて、
あとは寝るだけという状態になったら、登頂
祝いにカラヤンの第九を聴いた。

この時驚きだったのが、テントに帰ってきて
1〜2時間経っていたのに、心拍数が120だ
ったこと。

毎回、パルスオキシメーターで動脈血酸素飽
和度と心拍数を計っているのだけど。この時、
動脈血酸素飽和度は正常の85ぐらいで心拍数
が120だった。(話が変わるが、今回は、感
覚的に動脈血酸素飽和度が下がっているかな
と思って計ったら、それほど下がってないと
いう時が多かった、結果としていい意味で感
覚と計測がズレているときが多かった(悪い
意味なのかもしれないが))

1時間半ぐらい動いてないのに、このパターン
は初めてだったので驚いた。

原因は、カラヤンの第九なのか、登頂の興奮
なのか、アタックの興奮なのか、何か体の不
調なのか、と色々と考えてしまった。

まっ、気にせず、寝る。

昨年もだったが、アタック後の反動でこの日
の睡眠時は、気持ち悪い状態が続いた。ひた
すら水を飲んだ。

(12日目 コレラ→プラザ)

朝起きたら、雪でテントが半分埋まっていた
ので、ビックリ。

体がしんどいけど、慎重に下山して、プラザ
デムーラへ。

この日は、正座をして、羽生さんの竜王位奪
還時の棋譜を指した。


上記が投了図。

羽生さんでも、初めての竜王位のプレッシャ
ーで弱気な疑問手を指していたことに驚いた。

(13日目 プラザ→コンフル)

全荷物を抱えて、7時間の道のりを戻る日。

ムーランを使えばいいんだけど。(ロバに荷
物を運んでもらうサービス)

色々とめんどくさいんで、使う気にならなか
った。(ムーラン代を焼肉にとも、、、、)

下山の前にアコンの師匠と再開。

登頂報告をした。

とにかく7時間の道のりはしんどかったので
音楽でごまかした。

体力的にはこの日が一番しんどかった。

やっぱムーラン使えばよかったーー涙

(14日目 コンフル→メンドーサ)

やっとシャバに戻れる。

帰りのバスは、アンデス山脈を眺めながら、
ビートルズを聴いて帰った。

(感想)

本当に同じ山なのかと思うぐらい、天候によ
って姿形を変える山だった。どの状態の時に
めぐり合うのかは、運の力も大きいのかもし
れない。私の場合は結果として、3回登りに
行くことになった。巡り合わせによっては、
1回目の時に登頂できた可能性もあったので
はないかとも思う。しかし、色々と成長する
ことができたので3回目で登れてよかったと
思うことができた。

地理的、時間的、資金的にも、そう簡単にチ
ャレンジすることができない山に、3回チャ
レンジすることができた源泉は、「悪天候で
なければ登れる」と思い続けることができた
からである。そして、3回のチャレンジで成
長できた部分は、「悪天候だったら登らない」
と強く思えるようになったこと。この二つの
言葉を理解し、冷静に念頭に置けるようにな
ったことに価値があるのかもしれない。

そして何よりも、ホッとした。