アクシデント
アクシデントというのはいつ起こるかわから
ない。「まさか?」と思うような事態が突発
的に襲いかかってくる。その時、心は揺れ、
身は固まる。まるで、吹雪を耐え忍ぶ一本の
木にでもなったかのように。
私はデナリを登っている時にアクシデントに
襲われた。フィックスラインという高度200
m、角度45度の雪壁を登っていた時に、私の
前を登っていた仲間のアイゼンのヒモが切れ
て落下してきたのだ。特に緊張感もなくリラ
ックスして登っていた私の頭上から、いきな
りアイゼンが降ってきたので、雷に打たれた
かのような緊張感が流れた。幸運にもアイゼ
ンは私の横をかすめて落下したので事故には
ならなかった。
この時にまず、歯がむき出しのアイゼンが当
たらなくてよかったという安堵感でいっぱい
になったが、すぐに緊張感に包まれた。場所
はちょうど中間地点あたりで、あと残り100
m以上の雪壁を登らないとならない。ガイド
の判断で、仲間は片足のアイゼンなしで登り
続けることになった。また、不運というのは
一番弱っている人に襲いかかってくるのか知
らないが、よりによって一番体が弱ってる仲
間のアイゼンが切れたのだ。しかも、デナリ
用で調達したばかりの新品のアイゼンだった
にもかかわらず。
それから、残りの雪壁100m登りきるまで、
不安な気持ちで一杯だった。「アイゼンがな
い方の足が滑るんじゃないのか」とか、「体
力が尽きるんじゃないのか」とか、様々な不
安が脳裏に浮かんでくる。その後も、下山す
るまで、ふとした瞬間に、「ハーネスが切れ
るんじゃないのか」とか、「雪崩が起きるん
じゃないのか」という発想が脳裏に浮かんで
は消えるようになった。
このアクシデントは、あまりに緊張感なく登
っていた私に神様が忠告をしてくれたものか
もしれない。(気が緩んでいたわけではない
が)基本的に私は、「失敗はすぐに忘れる」
ことにしているのだが、この時ばかりは中々
頭から離れなかった。だからといって、幸い
にも行動(体の動き)が萎縮するということ
がなかったのが新しい発見だった。
アクシデントはいつ起こるかわからないか
ら、起きた後の対処法を知っておくというこ
とが大切だと痛感した。アクシデント発生と
同時に、アクシデント時にどうすればいいの
かわからなくなることが危険だから。
(参考画像)
フィックスライン
アイゼン