一喜一憂しすぎない

先々月、永平寺で参籠してからTed × UTok
youを観に行った。たまたま双方の日程が重
なった
ので、早朝に永平寺を出発して、お昼
に安田
講堂に到着するという密度の濃い時間
となっ
た。この時に、とても面白かったの
が、永平
寺の副監院・丸子孝法さんとTedス
ピーカー
の脳科学者・茂木健一郎さんの講演
内容が「マイナスと思っていることがプラス
になる」
というニュアンスで同じだったこ
と。仏教哲
学と脳科学の両視線が同じベクト
ルだったこ
とに少し鳥肌が立った。

私も少年野球時代に足を怪我してから野球を
辞めるまで、(高校野球まで)身体的にも精
神的にも「思い通りにならなかった」経験が
今となって生きていると痛感するので、講演
内容が腑に落ちた。野球の思い出は、「痛か
った」という記憶しかないぐらい当時は怪我
を不幸なことと思っていた。

しかし、この時の「思い通りにならない」経
験があったから、怪我による身体的ハンデを
抱えている人の気持ちや理想と現実に乖離が
ある人の気持ちが解るようになり、(完璧で
はないが)何
よりも辛いことに耐える力を養
うことができた。今、多様な方々とコミュニ
ケーションを取れているのも、高所登山を登
れているのも、あの時の怪我による不幸があ
ったおかげかもしれない。

「人間万事塞翁が馬」の由来となった馬が不
幸も幸せも呼んだように、
私の少年野球時代
の怪我は、10代は不幸を呼
び、20代は幸せ
を呼んだが、この先はどちらを呼ぶかわから
ない。
「プラスがマイナス」になることもあ
るだろうし、未来はどうなるかはわからな
い。それでも、過去の意味は変えていけるの
で、「世間の基準」と「他者評価」を把握し
て客観的
に自分を見つめながらも、自己の価
値観は確立していきたいと思う。

お腹がすいている時に食べる美味しいご飯
も、食べ過
ぎるとお腹を壊す元となるので、
その時々
状況を客観的に見つめながら自然
体になれるように努めていきたい
。そして、
一喜一憂しすぎないように、いいことや悪

ことも
すぐに忘れつつも、
その振り子のよう
な瞬間的な揺らぎも楽しめていけたらと思
う。

結局、死ぬまで何が良くて何が悪かったのか
なんてわからない。移ろいゆく四季の自然を
淡々と嗜むだけでも十分幸せだと、最近思
ようになってきた。


アラスカのピザ

ニューヨークなどの並み居る強豪を抑えて、
ピザ大国アメリカのトップ3に輝いたピザ
屋がアラスカにある。

TripAdvisor’s top 10 Pizza restaurants

1位 Jullana’s Pizza
(New York)
2位 Pizza Time of St Augustine
(St. Augustine, Florida)
3位 Moose’s Tooth Pub and Pizzeria
(Anchorage, Alaska)

4位 Keste
(New York)
5位 Tony’s Pizza Napoletana
(San Francisco)
6位 Regina Pizzeria
(Boston)
7位 Antico Pizza Napoletana
(Atlanta)
8位 Bill’s Pizza, Palm Springs
(California)
9位 Frank Pepe Pizzeria Napoletana,
(New Haven, Connecticut)
10位 John’s of BleeckerStreet
(New York)

いったいこのアラスカのピザ屋は何者なん
やと?冒険心に火がついたので、、、

デナリとピザ屋を目指してアラスカへ!!

どうせなのでデナリ決起集会の場所にしち
ゃえーーーー!

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はやくも人だかりの気配が、、、、
さすが、超人気店!

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もうこの店は待つこと前提なので、ドリンク
だけすぐにオーダーしてからひたすら待つ!

店内の様子

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めちゃめちゃ店内広いのに、全席埋まって
る。(笑)(200〜300席ぐらい?)

人人人人人人人人人、ピザピザピザピザピザ
食べてる、食べてる、はらへるるる、、、、

待つこと1時間、、、、
やっと席に座れてピザを待つ!

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トナカイのお皿がかわいい

やっっっっっと!ピザがきたーーーー!

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食べるのに夢中になりすぎて、ピザをあまり
撮ってなかった、、、、

美味しくて!!!デカい!!!

Lサイズ2枚で、大人5人分のおなかをパンパ
ンに!(笑)

ナポリピッツァとはまた違った美味しさ!

もし、三國無双の関羽がこのピザを食べたら
「聞きしに勝る猛ピザよぉおお!!!!!」
となるはず!

恐るべし全米トップ3!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

ありえないミス

「勝負は下駄を履くまでわからない」という
言葉があるように、序盤、中盤、終盤と優勢
に進め
ていたものの、最終盤の勝ち目前で思
いがけ
ない隙から逆転負けを喫するというこ
とが、
勝負の世界においてはある。

百戦錬磨の勝負師、棋士の羽生さんがご自身
の今までの対局の中で、一番印象に残る一局
を「一手詰めを見逃して大逆転負けを喫した
時」(H13年竜王戦挑戦者決定戦第1局)と
述べられている。7冠王を達成した時や永世
名人になった時ではなく、勝ち目前でありえ
ないミスをして負けた時のことを、一番印象
深い対局としているのだ。また、いつも冷静
な羽生さんが、この時の心
境を「血が逆流し
そうになった」と述べられ
ている。

私はデナリで登頂写真を撮ったカメラを紛失
してしまった。ほぼ完璧な内容で(天候以外
は)無事に登山をし終え、後は日本に帰国す
るだけという時にカメラを紛失したことに気
づいた時は、「背筋が凍りつき、血の気が引
く」ような思いだった。なんとか、仲間が登
頂写真を撮ってくれていたので、最
悪の事態
は免れたものの、自分のミスで大逆
転負けを
喫したような思いだった。

勝負事というのは、「少しいい状態」を初め
から
保ち続けて勝ち切るという流れが、意外
に難しいように思える。例えば、サ
ッカーの
試合で、序盤に先制点を取ってか
らそのまま
試合が進んでいき、残り時間が1
0分となった
ところから、1点差を守り切る
のが難しい。
守備の人数を増やして守りを固
めるのか、試
合を決定づけに攻撃的にもう1点とりにいく
のかなど
、戦術の意思決定を行わなければな
らない。さらに、相手も
捨て身の覚悟で一点
奪い取りにくるだろう。

私の今回のデナリ登山をサッカーの試合に例
えるなら、序盤から常に1点差のリードを保
っていたのに、後半ロスタイムにオウンゴー
ルをしてしまい、勝ちを逃してしまった試合
であったと思う。(情けない)イタリアやド
イツなどのサ
ッカー伝統国は、このような1
点差
のゲームをきっちり守り切る強さがあ
る。だ
から、W杯などの大舞台で優勝するこ
とがで
きるのかもしれない。

「ありえないミス」を防ぐのは、基礎的な部
分にあると反省している。今回も、道具の管
理場所の固定とチェックという基礎的なこと
ができていれば防げた。反省と対策をして次
の山に行きたいと思う。

ビルゲイツが1分で

IQ160<世界チャンピオン<AI
さらにAIに1兆6800億円投資する中国

もうドラゴンボールの世界
スーパーサイヤ人がサイバイマン化するぞー
クリリンならどうする?

第74期名人戦②

羽生名人 vs  佐藤天彦八段の戦いは、

4勝1敗で佐藤さんが勝ち越し、初の名人
位を獲得した。

約20年間続いた、羽生世代の名人位独占を
ついにメッシ世代が破った!

勝負の流れのキーポイントは第2戦目で、終
始羽生名人がリードしていたが、最後に羽生
名人が珍しく勝ち筋を見逃し、それを逃さな
かった佐藤さんが大逆転勝ちを収めた。

ここから、勢いに乗った佐藤さんは羽生名人
を圧倒した内容で4連勝して、名人位に輝い
た。

羽生さんを破っての名人は大快挙!!!!!

これでまた一人、メッシ、ジョコビッチ、キ
リアン・ジョルネ、カーショー、長澤まさみ
に次ぐ、メッシ世代(87年生まれ世代)の偉
人が誕生した。(羽生世代に対抗するために
僕が勝手に作った名称。ヨーロッパ側の人は
ジョコビッチ世代と言うことも)

羽生さんはじめ、羽生世代との激しい戦いが
今後も繰り広げられると思われるが、メッシ
世代の棋士代表として、佐藤名人には頑張っ
て頂きたい!

そして、羽生さんの全盛期は50年後ぐらいか
ら始まるのではないかと思われる、、、

マッキンリー(北米最高峰)

 

Denali and Mt McKinley

デナリはアメリカのアラスカにある6190m
の北米最高峰の山。比高差は5500mで、山
のふもとから頂上までの高さは世界一高い
山である。(エベレストは3700m)ゆえに、
標高以上に気圧が低いため高山病の可能性が
比較的高まる山である。

デナリは昨年、先住民語に敬意を示す形でマ
ッキンリーから正式名称が変更された。あ
の、植村直己さんが最後に登った山で有名な
マッキンリーである。

植村直巳さんが最後に登った時は世界初の単
独厳冬期のデナリ。(世界初の単独登頂を達
成した後に、下山中に消息不明となった)僕
が今回登ったのは夏期のハイシーズンなので、
同じデナリでも難易度も危険度も比べ物にな
らない。改めて、植村さんの偉大さに敬服し
た。それでも頂上からの景色は同じなので、
植村さんはじめ、多くの偉大な先輩方が見て
きた景色を楽しみに登った。

(デナリの特徴)

①高緯度(高山病)
デナリは比高が高いがゆえに、実際はヒマラ
ヤの7000mの感覚になるので、高山病にかか
りやすい。

②荷揚げ(体力)
シェルパがいないため荷揚げを全て自分でし
なければいけない。常に20〜40kgの荷物を
背負
って登るので、体力を奪われ、高山病
危険が増す上に、集中力の散漫を招く。

③天候
天候の変化が激しく。極寒で夏でも-20℃。
しかし、日中で晴天で日差しが強い時は暑
さも感じる。気温差も激しい。

④白夜
デナリは白夜なので日が沈まない。

デナリまでの準備)

①一直線歩行
歩くときは、目の前に白線があると思って歩
き、歩いた後の足跡が一直線になることを常
に心がけた。

簡単そうに見えて、これを24時間×5ヶ月間
続けるのはなかなか難しい。お風呂に入る時
も歯を磨く時も夜中目が覚めてお手洗いに行
くときも常に白線の上を歩くことを意識し
た。

期待できる効果は以上の二点、①内転筋が鍛
えられる、②まっすぐ歩くことを無意識化す
る。(実戦でこの歩き方をすることはほぼな
いが、内転筋と感覚値を常に磨いた)

②体調作り

筋肉量を落として脂肪をつけたかったので、
筋トレをやめて3キロほど体重を増やした。

また、足への負担を少なくするために走るの
を一切やめ、代わりに水泳で心肺機能のトレ
ーニングをした。

水泳をやりすぎても、やらなすぎても駄目な
ので、その日の体調をみながら、月間約4万メ
ートル程度になるぐらいに抑えて泳いだ。

③武士道

直接登山に繋がるかわからないが、この緊迫
した機会を生かして、斬るか斬られるかとい
う世
界に身を投じていた武士がどのような思
考と
心構えでいたのかを少し勉強してみた。

山岡鉄舟はじめ、新渡戸稲造の「武士道」を
読んだ後にバカボンドを読むとほんの少しだ
が理解できた。(新渡戸さんの知見の広さ、
深さに圧倒されたのが一番の衝撃だったが、
、、)

さらに、居合切りの「北辰一刀流」に入門し
ようとしたが、のめり込みすぎると本末転倒
なので控えた。

そして、出発前に「西芳寺」で拝観して

IMG_0521

「永平寺」に参籠してから出発した

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6/3,4 (日本→アラスカ)

成田からバンクーバー経由でアラスカのア
ンカレッジに到着。(約14時間)

6/5 (アンカレッジ)
アンカレッジに滞在。

6/6 (アンカレッジ)
パーティーのメンバーと合流。今回はガイ
ド3人+一般参加者7人のイギリス人チー
ムに迎え入れてもらった。

道具チェックをしてからアンカレッジでも
う一泊。(時差ボケで寝れない)

6/7 (アンカレッジ→タルキートナ)
アンカレッジから車で約3時間のタルキー
トナへ大雨の中移動。時差ボケで昨晩寝れ
なかった僕は車の中で爆睡。

IMG_0653

タルキートナに到着すると、入山においての
説明会を聞き、天候次第で小型飛行機に乗っ
てデナリへ出発する予定だったが、終始天候
が悪く、この日はタルーキトナに宿泊するこ
とに。

6/8 (タルキートナ→デナリ)
天候も良くなり、いよいよ小型飛行機に乗っ
てデナリへ出発。(約35分程の飛行機の旅)

IMG_0667

このような小型飛行機に乗る機会は、今回が
初で最後になるだろうというワクワク感と
景の景色を眺めながら乗っていると、居心
が良いせいか、次第に睡魔に襲われ寝てし
った、、、

目が覚めるとデナリのKahiltna base camp
(標高2200m)に到着していた。

IMG_0668

雪山景色に心躍らせながらテントを作って、
翌朝のcamp1への移動に備えて就寝。

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6/9 (Kahiltna base camp→camp1)
バッグとソリに乗せた30〜40kgの道具食料
を背負って荷揚げ開始。約7時間の9キロの
のりをクレパスに注意しながら歩く。

IMG_0680

途中、「ゴォーーーーー」という地鳴りと共
に雪崩が発生するが、歩くコースは雪崩の心
配がないところなので問題無し。(と言うも
のの、雪崩に慣れてないので音に敏感に)

登り坂はかなり緩く、ひたすらゆっくり歩く
だけなのだが、約40キロ近い道具を背負って
歩くので地味にしんどかった。

約7時間ほど進んでようやくcamp1へ到着。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA


とにかく食事の時間が至福のひと時。
僕はテントの中なら、無限に食べれるので、
ついたあだ名は「イーティングマシーン」。
(笑)

6/10 (camp2へ食料をキャッシュ)

デナリ登山の最大の特徴が全日程分(約3週
間分)の食料と道具を自分達で運びながら登
ること。(シェルパがいないため)そのた
め、次のベースキャンプに登る時は二回に分
けて登る。(一回目は食料を運んで、二回目
に道具を運ぶといった具合に)

camp2の手前の場所に道具をキャッシュして
からcamp1へ戻った。途中から吹雪となり、
デナリの天候の厳しさの洗礼を浴びる。

6/11 (Rest day)

予定では、昼前からcamp2へ出発する予
定だったが、早くも高山病で体調を崩した
人が出たので、様子見のため休憩日となっ
た。

6/12 (camp1→camp2)
         (2400m→3350m)

昨日体調を崩した人の容態が変わらず、早々
に下山することに。まだ始まったばかりだが
緊張感が走る。

お昼前にcamp2へ出発する。

一昨日は吹雪で何も見えなかった道を快晴の
中登るが、途中からまたも吹雪に。

camp2へ到着すると、即テント作りに取り掛
かる。吹雪からテントを守るため、雪で防波堤
を作る。この日は吹雪の中の移動とテント作り
に疲れてすぐ寝る。

6/13 (back carry)

一昨日に運んだ200m下に埋めてある食料を取り
にいく。(1時間半程度なので実質休憩日)

昨日と打って変わって快晴。

6/14 (camp3へキャッシュ)

camp3へ食料をキャッシュしに出発。

ここから、スノーシューからクランポンへ
履き替える。

ここから、登り坂も急になる。

この日は常に快晴で眺めが綺麗。

しかし、快晴すぎて逆に暑い、、、
(デナリは天候の変化が激しく、日中で快晴
のと期は日差しが強く半袖一枚でも大丈夫な
ぐらい暑くなることも、それから-40℃にな
ることもあるので天候の振り幅が激しい。)

標高も4000mを超えたので、デナリへ
来て初めて高山病の症状が少し出る。
(少し出るのは良いことなので安心する)

食料をキャッシュしてcamp2へ戻る。

戻りはあっという間。

6/15 (camp2→camp3)
     (3350m→4300m)

camp2からcamp3へ移動

この日もソリを引いて登るのだが、ウィンデ
ィ・コーナーという円錐の斜辺を登行する箇
所があり、そりがトレールからはずれて自分
の右下を滑る形になる。その下方にはクレパ
スが大きな口をあけてまっている。

ウィンディ・コーナーを難なく通過すると、
あとは淡々と1時間ちょっと登るだけなのだ
が、快晴すぎて日差しが強く暑いのとソリが
地味に重いのが重なり、体力を結構消耗させ
られた。

そして、汗だくでcamp3へ到着。

汗だくで一休みしたいところだが、すぐにテ
ントを作ってから一休み。

6/16 (Back carry)

一昨日に埋めた場所に、食料を取りにいく。

6/17 (連携の確認)

ここからがデナリの本番で、常にハーネスに
スリングを結んだ(命綱)三人一組のチーム
で移動していくので、連携の確認をする。

6/18 (食料をキャッシュ)

camp3からHighcamp手前の場所へ食料をキ
ャッシュしに、ここから登り坂が急になり難
しくなる。

斜面45℃の雪壁を登る一番の難所、Fix lin
eを登る。命綱の連携が鍵で、登りもリズム
に乗れればそう難しくはないので力を抜いて
登ることができた。

6/19 (天候不良のためRedt day)

本来はこの日に、Hith campへ移動する予
定だったが、天候不良の為休憩日に。体力
を回復させる。

今回も小説を読む。
ストレスがかかるように(続氷点、人間失
格、三四郎を読む)

6/19 (天候不良のためRest day)

二日続けて天候不良のため、Hith campへ
移動できず、休憩日に。正直、ここで天候
不良で動けないのは痛い。なるべく、High
campの時に日程の余裕を持ちたいので。

毎日20時に翌日の最新天気予報の情報が入
るので、ガイドと確認をするのだが、明日
の天気も微妙で朝にならないとわからない
とのこと。不安をもったまま眠る。

6/20 (camp3→High camp)
     (4300m→5245m)

朝の6時にテントから出て天気を確認する。

しかし、天気は曇り、、、、

朝食を食べてから待機状態へ

すると、1時間ぐらいしたら天気は晴れだ
し、移動のゴーサインがでる。

お昼前に、High campへ移動。

High campまでの残り1時間の道のりは絶
景だった。

20時前に到着したのだが、High campは
かなり寒かった。

6/21 (Rest day)

休憩日。明日のアタックに備える。

20時に最新の天気予報を確認。

しかし、明日は強風でアタックできないと
のこと、、、、、、、、、、、、、、、、

これで、自分たちに残された時間は明後日
のみ。

明後日の天気を祈るしかない。

6/22 (天候不良のためRest day)

天候は晴れだが、風が強い。

デナリの頂上もくっきり見えるが、風が強
い。

テントが吹っ飛びそうな強風の中、丸一日
テントの中で過ごす。

そして、20時に最新の天気情報を確認する。

皆で、息を飲みながら聞く

皆の顔は微妙な表情、、、

「ダメなのか、、、、?」

すると、OKサインの合図が!

本当にホッとして、ジーーンとしてしまった。

6/23 (summit day)

11時にアタック開始。

この日がダメだったら下山だったので、
登りに行けるだけで感無量!

昨日までと違い、風がなく、天候は晴れ。

他の部隊も、この日しかないとみてぞくぞく
とアタックを開始する。ざっとみて30人ぐ
らいが先に登り始めている。

3時間ほど黙々と登る。

最終アタックには「デナリ・パス」という
最難関のポイントがあるので、そろそろデ
ナリ・パスがやってくるのではないかと思
って、ガイドに聞いてみると。

ガイド「もうデナリ・パスは終わったよ」
西  「えっ!?」

あまりに黙々と集中して登りすぎて、デナ
リ・パスを登っていることに気づかずにす
でに登っていたのである、、

まぁ、終わったならいいや、登り始める。

そして、さらに1時間ほど登ったところか
ら、(頂上まで残り半分ぐらい)天候が崩
れ出し、視界はホワイトアウトとなり、吹
雪になった。

いつ、天候が悪化してアタック断念となるか
わからない緊張感のまま黙々と登る。

IMG_0806

   (一寸先はずっとこの景色)

頂上手前まで、常にこのホワイトアウト化し
た視界の中登った。

目の前しか見えない中、黙々と登る。

残り、3時間

2時間

1時間

と、黙々と登る。

そして、残り30分ぐらいの場所にたどり
着くと、ほんの微かだが空に光が差して
きた。

それでも、視界はホワイトアウトなので
景色は全くみえない。

どうか、頂上までに少しでも天候が良く
なってくれればと願い登る。

残り、5分の場所にたどり着いた

image3-2

微かだが、さらに光がみえてきた。
もう登り坂はない。

少しでも天気が良くなってほしい。
頂上から景色がみたい。

最後の一本道を少しづつ進み。

頂上へとたどり着いた。

できれば、空が晴れるまで頂上がやってこな
いでほしかった。

まだ登り続けたかった。

それでも、アコンカグアからずっと天候不良
にやられ続けて、今回も最後の最後まで悪天
候に見舞われた中、デナリの頂上に到着でき
たことに、「ホッ」とした。

半年間の緊張感からほんの少しだが解放され
た思いだった。

しかし、まだまだほんの少しだ。

今から下山があるから。

頂上にたどり着いた時刻は予定よりも3時間
近く遅い19時だった。

一番スピードの遅い仲間に合わせてゆっく
り、登ってきたのだが、他のメンバーのうち
3人がもう頂上にたどり着くのに体力を使
果たして、限界に達していた。

果たして、この疲弊した仲間が今から下山し
てテントまで戻ることができるのだろうか?

頂上で不安がよぎる。

22時を過ぎると天候が悪化する。

そして、8時間かけて登った道を8時間かけて
降る戦いが始まった。

本当の戦いは頂上に辿りついてからだった。

下山を開始すると同時に風が強くなり、一気
に吹雪となった。

僕はこの時に最大の失敗を犯してしまう。

登頂写真を撮る時に顔がみえるようにゴーグ
ルを外して首にかけていたのだが、写真を撮
り終えたらすぐに装着すればいいものの、登
頂して浮かれていたのもあるのか、一時ゴー
グルを首にかけたまま下山をしていた。その
状態で一気に猛吹雪を見舞ったので、ゴーグ
ルをかけようとした時にはもうゴーグルは使
い物にならないものになっていた。

それまで、登ることに関してはほぼ完璧に登
ってきたので、思わぬ失敗に落胆しながら
も、しかたなく猛吹雪の中サングラスで下山
した。(途中からサングラスが凍るので使え
なくなったが)

疲弊した仲間は体力を使い果たしたこともあ
り、集中力が散漫しており、それに追い打ち
をかけるかのように吹雪が足元と視界を悪く
する。

疲弊した仲間は、すぐに滑り落ちてしまう。

滑り落ちても命綱があるので大丈夫なのだ
が、それがわかっていても緊張感が走る。

時刻も0時を過ぎ、さらに天候は悪化する。

もう皆、火事場の馬鹿力の精神力で下山を
する。

最後の最後まで正しい道を探りながらテン
を探した。

そして、下山から8時間後の3時にテントへ
と辿りついた。スタートから16時間であ
る。

運よく、皆無事だったことにホッとした。

6/24 (High camp→camp3)

13時に起きてcamp3へ下山。

昨日の悪天候の中の深夜の下山と登頂できた
ことにホッとしたこともあってか、少し体は
だるいがあと2日降るだけなので頑張る。

IMG_0813

4時間ぐらいで下山する。

6/25 (camp3→Kahiltna base camp)

20時まで休んで下山を開始。夜通しで下山
して朝に飛行機でタルキートナに到着する
予定。(デナリは白夜なので)
IMG_0822

これが最後の下山、頑張ろう!

6/26 (Kahiltna base camp→タルキートナ)

夜通しでbase camp3から11時間下山してKa
kahiltna base campへ。

行き道よりも帰り道のほうがきつく感じた。

もうこれが最後だと考えてしまうと逆にきつく
なる。だけど、もうこれが最後だと考えてしま
う。

そして、Kahiltna base campへ到着!!
もう歩かなくていいぞ!!!

ガイドがアラスカビールをみんなに配ってく
れてカンパーーーーーイ!!!

IMG_0827

「おつかれーーー!」

あとは、飛行機でタルキートナに帰って、シャワ
ーを浴びて、フカフカの布団で眠るだけ!

ガイドに「そして、飛行機は何分後にくるの?」
と聞く。

ガイド  「たぶん、3〜4時間後かな」
西    「えっ!?3〜4時間後!?」
西    「30〜40分後の間違えでしょ!?」
ガイド  「いや、3〜4時間後だよ!」

僕はKahiltna base campに着いたら飛行
機がすぐにやってくると思っていた。

デナリは最後の最後まで甘くない。

よし!寝袋で寝て待とう!

DSC00384

テントは張らずに寝袋の中で寝て待つことに。
すぐに、爆睡。目が覚めた時には飛行機が待
ってるはず。

3時間後

目が覚める

飛行機がない

また眠る

さらに、3時間後

目が覚める

飛行機がない、あれっ??

飛行機はまだこないらしい、、、

しかたなく、また寝る

さらにさらに、3時間後目に覚める

飛行機がない、、、、、、、、

こちらは快晴だが、タルキートナ方面の天候が悪く
飛行機が飛べないらしい。(涙)

この日の午後に帰国する予定の人が多かったので
皆、キャンセルの電話をする。

時刻は16時。
20時までは飛行機が飛べるらしい。
残り4時間待つ

しかし、一向に飛行機はやってこない。

結局、この日は終日天候が悪く飛行機はやっ
てこなかった。

まさかのKahiltna base campでテント泊す
ることに。

6/27 (Kahiltna base camp→タルキートナ)

朝テントから出ると、視界はホワイトアウト
で真っ白、、、、やばい、、、今日はこちら
側の天気が悪い、、、、

3時間経過

視界は真っ白

3時間後

視界は真っ白

僕の日本行きのフライトは明日の14時発なので、
20時までの残り8時間で飛行機がやってこなかっ
たら、日本に帰れない。

本来は最悪でも26日までにタルキートナに着いて
いるはずなのに、、

天候が良くなることを祈る

6時間後

テントの外を眺めてみると微かに視界が良く
なっ
たような??

すると、ガイドが「ヒデ!!、たぶん、たぶ
ん、たぶん、今から飛行機が到着するかもし
れな
いから、すぐに出発できる準備をしてく
れ!」

「ついに!!!!」

しかし、天候は依然微妙だったので、本当に
飛行機が来るのか半信半疑のまま、すぐに出
発する準備をする。

待つこと30分

ゴゴゴゴゴゴ

IMG_0834

本当に飛行機がやってきた!!

皆で急いで乗り込む。
(いつまた天候が悪化して飛行機が飛ばなく
るのかわからないので)

そして、下山乾杯のアラスカビールを飲んで
から32時間後にタルキートナへ出発!

DSC00387

なんとか明日の日本行きのフライトに間に合
いそうで、ホッとする。

タルキートナに到着して、深夜1時にタクシ
ーでア
ンカレッジに出発できるように準備
を整えて
から、打ち上げ会場へむかう!

打ち上げ時に、ビールを2杯飲んだだけでめ
いがし、目がまわりフラフラとなる。(
疲れとホッとしたことでか)

深夜の1時にアンカレッジに向かってタクシ
ーで出
発!

6/28 (アンカレッジ→バンクーバー)

4時にアンカレッジに到着して、10時まで
ホテルで眠ることに。実に3週間ぶりにフ
カフカのベッドに寝れるーーーー!!!

「絶対に寝坊できない戦いがここにはある」
ので、入ーーーーーー念にアラームをかけて
から爆睡へ!

爆睡のため、あっという間に10時となり、
目を覚ます。

空港に出発するまで、ほんの少し時間がある
で、写真の整理をしよう!

カバンからカメラを探す

カメラを探す

カメラを探す

カメラを探す

あれっ!?

カメラ、カメラ、カメラ、カメラ

カ!メ!ラ!がない!!!!!!!!

いくら探してもカバンにカメラがない、、

背筋が凍りつき、、、、、、
血の気が引いた、、、、、、

カメラの中には登頂写真が、、、、、、

最後の最後の最後にデナリ登山最大の修羅場
が思わぬ形で待っていた。。。。

どこで、なくなったのか冷静に思い出す。
らく、タルキートナに到着して慌てて
道具を
整理したときに、間違えてゴミ箱
に捨ててし
まったのではないだろうか、
、?(カメラを
行動食の入った袋の中に
入れていたような、
、、、、、)その袋
を捨ててしまった記憶
が、、、(涙)

落胆しながら時計を見ると、空港へ出発する
時刻となっていたので、そまま急いで
空港へ
出発する。

さすがに、頭の中はモヤモヤとプチパニック

6/29(バンクーバー→日本)

仲間にカメラがなくなったことを報告する
と、仲間が頂上で僕が写っている写真を奇跡
的に撮ってくれていたので、「ホッ」とす
る。(涙)

これが、地球上に存在するたった2枚の僕の
デナリ登
頂写真!!!!
赤い人だーーー!!!
デナリ登ったどーーーー!!

image1-2

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

仲間には最後の最後の最後の最後まで感謝。

6/30 (アンカレッジ→成田)
17時間の時差と乗り継ぎなどで、30日に
日本に到着して、家に辿り着いた。

(感想)
「遠足は家に帰るまでが遠足」という言葉が
あるよ
うに、「登山も家に帰るまでが登山」
という
ことを今回身を以て痛感した。体調も
バッチ
リだったこともあってか、「山を登る
降る」
という行為自体は自分の力を出せ、良
い内容
だったが、ゴーグルを使えなくした
り、カメ
ラをなくしたりするというのはどこ
かに気の
緩みがあったのだろう。特にカメラ
をなくす
というのは考えられない過ち。それ
でも、現
実として起きたわけだから、猛省し
なくては
ならない。デナリから、ほんの僅か
な隙が命
取りとなることを痛感し、学ぶこと
ができた。

次はオーストラリアのコジオスコ。